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第7話:廃教会の地下(第5編/全5編) 【視点:全体視点(狂気の破綻と新たなる手がかり)】

第7話:廃教会の地下(第5編/全5編) 【視点:全体視点(狂気の破綻と新たなる手がかり)】


【1】


地下大聖堂を包み込む不気味な紫色の薬品煙が、爆発的な白銀の風によって一瞬で吹き散らされた。


ドサリ、と重い音を立てて倒れ込んだのは、ネビロスの誇る最高傑作「毒鎌の暗殺キメラ」の骸だ。 首元を正確に一閃で切断された巨躯からは黒い液体が溢れ出し、みるみるうちに石畳の上で灰へと変わり始めていく。


「な……なん……だと……!?」


高台の実験台の上で、大魔族ネビロスの金属仮面が驚愕に激しく打ち震えていた。


彼が数ヶ月の歳月と無数の人間の命を費やして錬成した合成獣が、手首を握り潰された「片腕の青年」の一撃によって、コンマ数秒のうちに屠られたのだ。


「オオオアァァァッ!!」


その直後、もう一つの爆音が広間に轟いた。


巨漢の「三腕の巨岩キメラ」に対し、シバリアが全腕力を叩き込んだ大剣の横一閃を叩きつけたのだ。 鉄と岩石が激突し、凄まじい衝撃波が石畳を跳ね上げる。 三本の腕を砕かれた巨岩キメラは悲鳴を上げながらバランスを崩し、そこへノエルの放つ風の光弾『ル・スラッシュ』が急所に突き刺さって、地響きとともに横転した。


「ハッ……! 雑魚の相手は終わりだぜ、狂った仮面野郎!」


シバリアが大剣を肩に担ぎ直し、巨体で迫る。 ノエルも胸元で聖印を強く握り締め、援護の魔力を極限まで高めていた。


だが、最もネビロスを戦慄させていたのは、二人ではない。 目の前の石畳を、足音すら立てずに静かに滑るように踏み込んでくる、一人の片腕の青年——ルシフェルだった。


【2】


「ネビロス」


ルシフェルの低い声が、静まり返った地下大聖堂に冷たく響き渡る。


彼の手には、白銀の『天稟』の気配と過熱した『風の魔法(ラ・ラルド)』を刀身に纏わせた「古びた鉄の剣」が握られていた。 右腕は胸元に固く縛り付けられたままだが、その姿には一切の無駄がなく、隙という概念そのものが存在しなかった。


前髪の隙間から覗く茶色の瞳。 そこにあるのは、幕末の天才剣士・沖田総司の凄惨な見切りと、リコリスを取り戻すという「黒い執念」の冷酷な融合だった。


「ひ……ヒィッ……! 来るな! 近寄るなッ!」


ネビロスは半狂乱になりながら、豪奢な長袍のポケットから数本の試作薬のガラス瓶を取り出し、ルシフェルに向けて投げつけた。 爆発的な毒霧と酸の液体が空中を埋め尽くす。


しかし。


——ス……ッ。


ルシフェルは左足の一歩を深く沈め、大気を切るような最速の滑り込みを見せた。 足元から巻き起こる風の旋風が、飛来した毒薬の液体をすべて外側へと弾き飛ばす。


「な……風の壁だと……!?」


毒煙を切り裂き、一瞬にして間合いを詰めたルシフェルの白銀の刃先が、ネビロスの金属仮面の喉笛へと一直線に突きつけられた。


ピタリ、と刃先が仮面の表面に触れる。


「動くな。……動けば、首を跳ねる」


ルシフェルの声には、一切の強がりも冗談も含まれていなかった。 ネビロスは全身をガタガタと震わせ、両手を上げて固まった。仮面の隙間から覗く細い瞳には、死の恐怖が色濃く浮かび上がっている。


【3】


「吐け。……サルガタナスは今、どこにいる」


ルシフェルが静かに問い詰めた。 刃先から伝わる白銀の気配が、ネビロスの皮膚を僅かに切り裂き、一筋の血が滴り落ちる。


「ヒッ……さ、サルガタナス様は……! 『黒竜の山脈』を越えた先にある、魔界の深遠……『幻影の城塞』に立ち寄られているはずだ……!」


「幻影の城塞……」


「そ、そうだ! 奪った人間の娘……『リコリス』という娘を魔王様に献上するため、一時的にそこへ滞在し、儀式の準備を進めていると聞いている! 本当だ、嘘じゃない……!」


リコリスの名がネビロスの口から出た瞬間、ルシフェルの胸の奥底で脈動していた熱が、冷たく確かな確信へと変わった。


生きている。 リコリスはまだ無事で、黒竜の山脈の先にある『幻影の城塞』に捕らわれている。


「ルシフェルさん……! リコリスさんはご無事です!」


追いついてきたノエルが、安堵の想いを込めて叫んだ。


「……感謝する、ネビロス」


ルシフェルは冷ややかに呟くと、左手の一刀を僅かに引き絞った。


「ひ……命だけは助けて……!」


「……命は取らん。だが、お前が弄んできた犠牲者たちのために、その狂った手を二度と動かせないようにさせてもらう」


——『天稟・手甲打ち(てこううち)』。


ドゴッ!!


刃を抜くまでもなく、ボロ剣の柄頭がネビロスの両腕の関節へと正確無比に叩き込まれた。 風の衝撃波が両腕の骨と神経を粉砕し、ネビロスは悲鳴を上げて床へと崩れ落ち、そのまま気を失った。


「ふう……手際がいいねぇ、ルシフェル」


シバリアが大剣を鞘に納め、呆れ顔で苦笑いを浮かべた。


「これでこの廃教会の怪しい実験場も壊滅だ。街の騎士団に通報しておけば、ネビロスも残党も二度と悪さはできん」


ノエルも胸元で静かに祈りを捧げ、ルシフェルへと微笑みかけた。


「いきましょう、ルシフェルさん。目的地が決まりましたね。……『黒竜の山脈』を越え、『幻影の城塞』へ」


「……ああ」


ルシフェルは左手に握るボロ剣を鞘へと収めた。 カチン、と響いた金属音が、地下大聖堂に小さく木霊する。


潰された右腕の激痛、前世の天才の記憶、新たに手に入れた風の翼、そして何よりも頼もしい仲間たちの存在。 すべての足跡が、いま一本の確かな道となって東の『黒竜の山脈』へ向けて伸びていた。


片腕の天才剣士と仲間たちの試練の旅は、少女奪還という固い誓いを胸に、次なる決戦の地へと力強く踏み出されていくのだった。


【第7話:廃教会の地下(全5編)完】 【第2章:黒竜の山脈と狂気の実験(第6話〜第7話/全10編)完】 (第8話:黒竜の山脈へ へ続く)

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