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第7話:廃教会の地下(第2編/全5編) 【視点:ルシフェル】

第7話:廃教会の地下(第2編/全5編) 【視点:ルシフェル】


【1】


「グガオォォォッ!!」


一体目の狼型キメラが、首元と心臓を貫かれて崩れ落ちる。 貫通孔から噴き出した濁った黒紫色の血液が、古い石畳の隙間を湿らせて広がっていく。


だが、死の臭いが充満する地下聖堂の静寂は訪れない。 残された二体の合成獣——二つの頭部を持つ巨大な蜘蛛型キメラと、熊のような巨躯に蜥蜴の鱗を繋ぎ合わせた異形が、同胞の死に狂乱して同時に地を蹴った。


「ルシフェル! 上と右だッ!」


後ろで大剣を構えたシバリアの叫びが響く。


蜘蛛型キメラが天井の梁を蹴り跳び、八本の脚の先端から伸びる鋭い骨棘を叩き落とそうと上空から死角へ急降下する。 同時に、蜥蜴熊の巨躯が石畳を打ち砕くほどの足音を立て、動かない右腕の側——右側の死角へと太い爪を振りかざして突進してくる。


完璧な挟撃。 右腕を胴体に固く縛り付けた片腕の剣士にとって、全方向からの同時襲撃は死を意味するはずだった。


だが。


(見えている……すべて)


ルシフェルの意識は、過酷な肉体の痛みを切り離し、驚くほどの静寂を保っていた。


頭蓋の奥底で深く息づく、新選組一番隊組長・沖田総司の見切り。 雨の京都で刺客どもの包囲網を幾度となく破り、病魔に侵された体で複数の刃を交わしてきた死線の記憶。 そのすべてが、ルシフェルの脳内で完璧な時間軸の解として展開される。


(上からの降下は、風の波で軌道を逸らせる。右からの突進は、軸足を深く沈めて引きつける)


ルシフェルは左足の指先で石畳を僅かに噛みしめた。 体内に潜む魔力が、大気中に満ちる風の素養と呼応し、彼の身体を包む白銀の気配を激しく巻き上げ始める。


【2】


「……『ラ・ラルド』」


ルシフェルの口から、低く透明な言葉が漏れ出た。


ズンッ……!!


彼の足元から、円環を描く激しい風の旋風が爆発的に吹き荒れた。 上空から急降下してきた蜘蛛型キメラの巨躯が、ルシフェルの頭上で立ち上った風の壁と衝突し、わずかに空中盤で体勢を崩して軌道を逸らす。


その僅かコンマ数秒の狂い。


「なっ……風の衝撃波で体勢を崩させた……!?」


シバリアが息を呑む。


ルシフェルはその隙を逃さず、右側から迫る蜥蜴熊の巨爪を、髪一筋の紙一重でかわすように左半身を前に滑らせた。 旋回。 右腕のない右半身を空転させる推進力をそのまま左手の一刀へと乗せる。


左手に握られたボロ剣の刀身が、過熱した白銀の光芒とドリル状の風の旋風を纏い、凄惨なまでの威容を解き放つ。


——『天稟・二重風閃(ふたえふうせん)』。


ドスッ!! ドスッ!!


空間を引き裂くような連続の穿孔音が、地下聖堂の石壁に木霊した。


一番目の刺突が、右側から突進してきた蜥蜴熊の喉笛を正確無比に穿ち、硬固な蜥蜴の鱗を風の回転力で粉砕する。 二番目の刺突が、旋回の勢いのまま空中で体勢を崩していた蜘蛛型キメラの二つの頭部の中心——眉間へと一直線に突き刺さった。


「ガっ……!?!?」 「ギ、ギャァァッ……!!」


二体の異形は悲鳴を上げる間もなく、空中で同時に動きを完全停止させた。


【3】


ズバァァンッ!!


白銀の光芒と風の衝撃波がキメラたちの背中へと突き抜け、紫色の試作薬と黒い血液が弾け飛ぶ。 二体の巨躯は交差するように地面へと叩きつけられ、激しい痙攣の末、二度と動かなくなった。


静寂が、再び地下聖堂を支配する。


ルシフェルは左手の一刀を静かに引き戻すと、手首の一振りで刀身に付着した不快な血液を払った。 カチン、と乾いた金属音が響き、ボロ剣は白銀の気配を刃の中に潜め、静かな鈍色へと戻る。


(呼吸……よし。……右腕の痛みも、抑え込めている)


ルシフェルは呼吸を一度整えると、胴体に縛り付けられた右腕の感触を確かめた。 ノエルの施してくれた『ル・ヒール』と膏薬のおかげで、激痛は身体の奥底へと抑え込まれている。 沖田総司の見切りと『風の魔法』の融合は、確実に己の肉体の一部として馴染み始めていた。


「ルシフェルさん……っ!」


後ろからノエルが駆け寄り、安堵と驚愕の混ざり合った瞳でルシフェルの左手を見つめた。


「凄いです……! 風の初級魔法『ラ・ラルド』を衝撃波として展開し、相手の体勢を崩してから『無明突き』を叩き込むなんて……!」


「へっ……まったく、度肝を抜く手際だぜ」


シバリアも大剣を担ぎ直し、苦笑いを浮かべながら歩み寄ってきた。


「下級のキメラとはいえ、三体を一瞬で片付けやがった。……これなら、奥に潜むネビロス本人のお出ましも近そうだな」


「ああ」


ルシフェルは前髪の隙間から、地下聖堂の奥へと続く重厚な鉄格子の扉を見つめた。 その扉の奥から、ドブのような不快な薬物の匂いと、大魔族特有の禍々しい魔気の圧力が、じわじわと漂い始めていた。


「いくぞ。……ネビロスの首を跳ね、サルガタナスの足取りを吐かせる」


ルシフェルはボロ剣の鞘を握り直し、確かな殺意を胸に、地下の深遠へと一歩を踏み出した。


(第7話・第2編 完 / 第3編【視点:ノエル】へ続く)

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