第6話:盗賊団の奇襲(第5編/全5編) 【視点:全体視点(深まる夜と覚悟の踏み出し)】
第6話:盗賊団の奇襲(第5編/全5編) 【視点:全体視点(深まる夜と覚悟の踏み出し)】
【1】
交易都市ルクセンの夜は、独特の静寂と底知れぬ騒めきを交錯させながら、深々と更けていった。
街の中心を貫く大通りでは、魔導ランタンの明かりの下で酒を酌み交わす冒険者や商人たちの高笑いが未だかすかに響いている。だが、一本路地を隔てた裏通りや古びた街区には、冷たい夜風とともに湿った闇が濃密に立ち込めていた。
宿屋『銀の風亭』の二階、木造の客室。 ランプの火が小さく揺れ、壁に並んだ三つの影を優しく照らし出している。
部屋の中には、明日迎えるであろう死線への緊張感が、澄み切った気配となって静かに満ちていた。
「ノエル様、ルシフェル。明日の作戦だが……」
シバリアが身を起こし、床に立てかけられた大剣の柄に太い手を置いて低く語り始めた。
「東の『廃教会』ってのは、かつてこの街が創設された初期に建てられ、いつしか捨てられた巨大な石造りの遺構だ。地下には広大な地下聖堂と抜け道が広がっているらしく、闇ギルドや無法者どもの格好の隠れ蓑になってる」
「地下聖堂……そこに、ネビロスという魔族が潜んでいるのですね」
ノエルが胸元の聖印を愛おしむように撫でながら、静かに問い返す。
「ああ。ネビロスって名の上級魔族がそこで薬物の調合やら人間の買い取りを行っているなら、地下の広間がそのままヤツの実験場になっているはずだ。外から正面突破を仕掛ければ、罠や仕掛けで挟み撃ちにされる危険が高い」
「ならば……どうする」
ベッドの端に腰掛けていたルシフェルが、前髪の隙間から冷ややかに問いかけた。
【2】
「裏口か、かつて使われていた水路の排水口から侵入する」
シバリアの目が、元盗賊としての鋭い光を帯びる。
「正面の警戒がどれほど厳しかろうと、水路や隠し通路の監視は手薄になりやすい。俺が昔のツテと勘で侵入ルートを探す。……地下へ潜り込んだら、ノエル様を中央に庇い、俺が前衛で大剣の壁を作る。そして、死角から躍り出る敵やネビロス本人の隙を、ルシフェル、お前の『左手の一刀』で穿つ」
「……分かった」
ルシフェルは短く応え、左手の指先で腰のボロ剣の柄を確かめた。
無理のない、完璧な役割分担。 大剣の圧倒的な質量と防御力で空間を支配するシバリア。 傷を癒やし、風の加護と魔気の察知で二人を支えるノエル。 そして、極限の足さばきと風を纏う最速の一閃で敵の命脈を打ち砕くルシフェル。
あの日、村を焼かれ、右腕を手首ごと砕かれ、愛するリコリスを奪われた時……ルシフェルはただ一人だった。 絶望の泥の中で絶叫し、己の無力さに血の涙を流していた。 だが今、彼の傍らには頼れる仲間がいる。
(リコリス……必ず、そこへ行き着く)
胸の奥底で渦巻く「黒い執念」。 だが、その執念はもはや自暴自棄な復讐の炎ではない。 ノエルとシバリアという仲間を得たことで、氷のように硬質で、白銀のごとく研ぎ澄まされた「奪還への意志」へと変貌を遂げていた。
「ルシフェルさん、少しよろしいですか?」
ノエルがそっと歩み寄り、彼の手元に温かいお湯の入った杯を差し出した。
「明日は激しい戦いになります。今夜は少しでも体力を温存し、お体を休めてくださいね」
「……感謝する、ノエル」
ルシフェルは左手で杯を受け取り、静かに口に含んだ。 ぬくもりが、喉を通って疲弊した体内に染み渡っていく。 胴体に深く縛り付けられた、動かない右腕。激痛は未だ根雪のように神経の底に居座っているが、ノエルの治癒魔法と薬草のおかげで、剣を振るうための集中力は十分に保たれていた。
【3】
「よし! 作戦も決まったところで、今夜は早めに休むとしようじゃねえか」
シバリアが大あくびを噛み殺しながら、大剣を壁に立てかけ、床に敷かれた厚手の毛布へと横たわった。
「ノエル様も、ルシフェルも、しっかり寝ておきなされ。明日の地下聖堂は、泥と血の匂いで鼻が曲がるような場所かもしれんからな」
「ええ、おやすみなさい、シバリア。ルシフェルさん」
ノエルも微笑みを残し、静かに隣の部屋へと引き上げていった。
残された客室の静寂の中で、ルシフェルは一人、窓の外に広がる暗闇を見つめていた。 街の屋根の向こう、東の空の暗がりには、大魔族ネビロスが潜むという「廃教会」のシルエットが、不気味な影となって佇んでいるはずだ。
前世の天才剣士・沖田総司の凄惨な記憶が、頭蓋の奥で静かに囁きかけてくる。 『敵の拠地に乗り込む前夜……刃の研ぎ澄ましを怠るな』
ルシフェルは左手でボロ剣を僅かに引き抜き、刀身に映る己の瞳を見つめた。 泥と黒錆に覆われていたはずの鉄の剣。その奥底には、夕暮れに覚醒させた『風の魔法』の気配と、白銀の『天稟』の光が、静かに息づいている。
相手がどれほど狂った大魔族であろうと関係ない。 実験や薬物で命を弄ぶ悪魔の首を、この左手の一刀で斬り落とし、サルガタナスの足取りを吐かせる。
ルシフェルは静かに剣を鞘へと納め、カチンと響いた金属音とともに目を閉じた。
夜が明ければ、交易都市の裏側に潜む闇——『東の廃教会』での決戦が始まる。 片腕の天才剣士と仲間たちの足跡は、さらなる狂気と死線が渦巻く深遠へと、力強く踏み出されようとしていた。
【第6話:盗賊団の奇襲(全5編)完】 (第7話:廃教会の地下 へ続く)




