第6話:盗賊団の奇襲(第4編/全5編) 【視点:混ざり合う視点(ルシフェル/シバリア/ノエル)】
第6話:盗賊団の奇襲(第4編/全5編) 【視点:混ざり合う視点(ルシフェル/シバリア/ノエル)】
【1】
騒ぎの収まった『銀の風亭』の二階、用意された客室の静けさの中で、小さなランプの仄かな灯りが三人の影を壁に落としていた。
部屋の外からは、街の遠い喧騒がかすかに聞こえてくる。だが、室内を満たしていたのは、明日の死線を見据えた張り詰めた緊張感だった。
「……東の廃教会、か」
ベッドの端に腰掛けたルシフェルが、静かに口を開いた。 彼の右腕は、ノエルによって新しく塗り直された薬草と布で、再び胸元へと固く縛り直されている。手首の砕けた骨が放つ鈍い熱は治まっていないが、ノエルの治癒魔法『ル・ヒール』のおかげで、激痛は身体の深部へと抑え込まれていた。
「ネビロスという大魔族……あの盗賊の言い分が正しければ、人体実験や怪しい薬の調合を行っている拠点に違いない」
「ああ、間違いねえな」
壁に背を預け、大剣の身を手入れしていたシバリアが、重々しく頷いた。
「魔王軍の幹部ってのは、どいつもこいつもイかれた思想の持ち主ばかりだ。特に実験好きのネビロスって名には、俺も盗賊時代にろくな噂を聞いちゃいねえ。捕まった冒険者や村人が、二度と元の姿で戻ってこねえってな……」
シバリアの手が、布で刃を拭う動作を止めた。 その鋭い眼光が、ルシフェルを直視する。
「ルシフェル。あんたのその『左手の白銀の一閃』と『風の魔法』を狙って手配を出していたってことは、向こうも相応の罠や刺客を用意して待っているはずだ。突入すれば、ただの泥試合じゃ済まねえぞ」
【2】
「罠など、関係ない」
ルシフェルは前髪の隙間から、テーブルの上に置かれた「古びた鉄の剣」を見つめた。 その刃の奥底には、前世の天才剣士・沖田総司の凄惨な死生観と、自らの「リコリスを取り戻す」という黒い執念が静かに息づいている。
「奴らがどんな薬を使おうと、どんなキメラを繰り出そうと……俺の左手でその喉笛を穿つだけだ。サルガタナスの居場所を吐かせるまでは、俺の刃は折れない」
その言葉には、一切の迷いがなかった。 右腕を奪われ、絶望の泥を這った青年が到達した、氷のように冷徹な覚悟。
「ルシフェルさん……」
ノエルが静かに彼の傍らへ歩み寄り、膝を突いて彼の瞳を見つめ返した。 ハーフエルフ特有の澄んだ緑色の瞳。その奥には、彼を心配する温もりと、固い決意が宿っていた。
「お願いです、一人で全てを背負おうとしないでください。……あなたには今、私とシバリアがいます」
「ノエル……」
「ネビロスがどれほど恐ろしい魔族であろうと、私があなたの傷を癒やし、風の加護であなたの刃を支えます。シバリアがその大剣であなたの死角を塞ぎます。……三人で、打ち破るのです」
ノエルの言葉に、シバリアも口元を緩め、豪快に鼻を鳴らした。
「ハッ! ノエル様のおっしゃる通りだぜ。一人で突っ込んで死なれたら、俺たちの旅もここでお終いだ。元盗賊の俺と、ハーフエルフのノエル様、そして片腕の天才剣士のお前……この歪な三人組で、魔王軍の幹部ってやつに一泡吹かせてやろうじゃねえか」
【3】
二人の言葉が、部屋の冷たい空気を穏やかに溶かしていく。
ルシフェルは左手をそっと開き、自分の掌を見つめた。 かつて村で穏やかに暮らしていた頃、自分は誰かに頼り、守られるだけの気弱な存在だった。 だが、右腕を手首ごと砕かれ、愛するリコリスを奪われ、沖田の記憶と天稟を覚醒させた今——
自分の隣には、傷を癒やし温かな光をくれるノエルがいる。 背中を任せ合い、力強い大剣で道を切り開くシバリアがいる。
(他人を頼るな……沖田の記憶はそう告げる。だが……)
ルシフェルの胸の奥底で、前世の天才の死生観と、今生きている青年の血が静かに融合していく。 孤高の惨殺者として刃を振るうのではなく、仲間とともに理不尽な運命を切り裂くための「白銀の刃」。
「……分かった」
ルシフェルは静かに応え、ボロ剣の柄を左手で固く握りしめた。
「明日の足奔り……二人を頼る。……ネビロスの廃教会を叩き潰す」
「よし言ったな! そうと決まれば今夜は泥のように眠るぜ!」
シバリアが大剣を鞘に収め、豪快に笑う。 ノエルもパッと表情を明るくし、愛らしい笑みを浮かべた。
夜の静寂が宿屋の部屋を深々と包み込む中。 明かされる魔王軍の企みと、待ち受ける大魔族ネビロスとの死線に向けて、三人の絆はより一層固く結ばれようとしていた。
(第6話・第4編 完 / 第5編【全体視点】へ続く)




