第6話:盗賊団の奇襲(第1編/全5編) 【視点:シバリア(大剣士)】
第6話:盗賊団の奇襲(第1編/全5編) 【視点:シバリア(大剣士)】
【1】
「うーむ、やっぱりどこもかしこも物騒な気配が漂ってやがるな……」
活気と熱気が渦巻く交易都市ルクセンの路地を歩きながら、俺は背中の大剣を軽く揺らし、周囲の視線に鋭い眼光を走らせていた。
夕闇が静かに街を包み込み、石畳の通りには魔導ランタンの橙色の光がポツポツと灯り始めている。 露店からは香辛料の効いた肉料理の匂いや、安酒の饐えた匂いが立ち込めていたが、それ以上に俺の鼻を突くのは、世界中から集まったならず者たちが撒き散らす「刃の匂い」だった。
ここは人間界と魔界を隔てる「黒竜の山脈」の麓。 一獲千金を狙う冒険者、訳ありの行商人、そして山脈を越えて逃亡を図ろうとする罪人どもが雑多に交差する無法地帯の一端だ。
「シバリア、あまりキョロキョロなさらないでください。目立ってしまいますよ」
隣を歩くノエル様が、フードを深めに被り直しながら困ったように囁いてきた。 彼女の美しいハーフエルフの長耳は、フードの中に隠されている。だが、その華奢なシルエットと気品のある佇まいは、いくら隠そうとしても擦れ違う男たちの下劣な視線を惹きつけてしまっていた。
「へっ、ノエル様。隠そうとしても無駄ってやつですぜ。こんな上等な小娘が歩いてりゃ、そこらのドブネズミどもが『極上の売り物』に見立てて涎を垂らすのは当然だ。……俺が威嚇してなきゃ、今頃三回は囲まれてますな」
俺がガツンと大剣の鞘を石畳に叩きつけると、視線を送ってきていた荒くれ者どもが慌てて顔を逸らし、雑踏の中へと姿を消していく。
元盗賊としての経験から言わせてもらえば、この都市の治安は表向きの賑やかさとは裏腹に、極めて劣悪だ。 特に、山脈へ向かう旅人を狙う「盗賊団」の残党や、魔族と密通している闇の組織が裏通りに巣食っている。
俺はちらりと、少し後ろを無言で歩く青年の背中に目を向けた。
【2】
「おい、ルシフェル。あんたのその腕とボロ剣も、十分に目立ってるぜ」
声を出して振り返ると、ルシフェルは静かに足を止め、前髪の隙間から俺を冷ややかに見つめ返してきた。
その姿は、相変わらず誰が見ても異様だった。 厚い布切れによって胸と胴体に固く縛り付けられた、動かない右腕。 手首を握り潰された凄惨な傷痕は布の下に隠されているが、片腕を失った歪な立ち姿は、路地を行き交う人々から好奇と蔑みの視線を浴びていた。
だが、ルシフェル自身はその視線など微塵も気にしていない様子だった。 彼の歩みにはグラつきがなく、足音すら立てない静かな軸が保たれている。 左手に握られたボロ剣——一見すればただの鉄くずに見えて、その芯には先ほどの戦いで開花させた『風の魔法』と、沖田総司の凄惨な『天稟』の才が潜んでいるのだ。
「目立つかどうかなど、どうでもいい」
ルシフェルが低い声で応える。
「それよりも、情報だ。サルガタナスたちの足取りと、黒竜の山脈を越えるための最短ルートを知る人物を探すのが先だ」
「相変わらずの堅物だな……。だが、焦るんじゃねえ。こんなデカい街で闇雲に人に尋ねて回ったら、魔王軍の手先に『探している奴がいる』と教えるようなもんだ。まずは足を伸ばせる安全な宿と、耳の早い情報屋の酒場を探すのが筋ってやつだ」
「シバリアの言う通りです、ルシフェルさん」
ノエル様が優しく頷き、ルシフェルの顔を覗き込んだ。
「あなたのお体も限界のはずです。グラットン・ボアとの戦いで風の魔法を覚醒させたとはいえ、傷口が完全に癒えたわけではありません。『ル・ヒール』の応急処置だけでは、体内の消耗を抑えきれませんから」
ノエルの言葉に、ルシフェルは一瞬だけ固く口を結び、それから静かに視線を落とした。
「……分かった。二人に任せる」
冷酷な死生観を纏いながらも、素直に仲間の言葉に耳を傾ける姿勢。 あの日、村を焼かれて絶望の泥を這っていた気弱な少年が、ノエル様と俺という「仲間」を得たことで、氷のような心の中に温かな光を灯し始めている証拠だった。
【3】
俺たちは路地を奥へと進み、大通りから一本外れた、比較的落ち着いた佇まいの宿屋兼酒場『銀の風亭』の門を潜った。
店内に一歩足を踏み入れると、木製の床がギシギシと音を立て、酒と料理の匂い、そして暖炉の温かな熱気が肌を撫でた。 店内には数人の冒険者や旅人がテーブルを囲み、静かに杯を交わしている。表の騒々しさに比べれば、治安は悪くないようだ。
「いらっしゃい! お泊りかい、それともお食事かい?」
カウンターの奥から、エプロンをつけた小太りの店主が愛想よく声をかけてきた。
「部屋を二つ頼む。それと、温かい飯と水、それから……腕の傷に効く評判の薬草があれば分けてもらいたい」
俺が金貨を一枚、ポンとカウンターに置くと、店主は目を見開いて金貨を擦り、破顔した。
「あいよ! 上等な部屋を用意させてもらうよ! 薬草なら裏の手配師から仕入れた極上品がある。すぐにお持ちしよう!」
宿の確保は首尾よく済んだ。 俺たちは奥の壁際のテーブル席へと腰を下ろし、出された温かいスープと硬いパンを口に運んだ。
ルシフェルは左手一本で器用にパンをちぎり、静かにスープを口に含んでいる。 その左手の動きにも無駄な力みが一切なく、まるで滑らかな舞を見ているかのようだった。
「ルシフェルさん……お薬を塗り直しますね」
食事を終えると、ノエル様は店主から受け取った薬草の膏薬と清潔な布を広げ、ルシフェルの右腕の結び目をそっと解き始めた。
布が外されると、手首から先が黒ずみ、歪に破砕された痛痛しい右腕があらわになる。 ノエル様は胸を痛めるように痛痛しそうな表情を浮かべながらも、手際よく薬草を塗り、緑色の『ル・ヒール』の光を優しくかざした。
「……ノエル。済まない」
「いいえ。これが、私のできることですから」
ノエル様が微笑む。
だが——そんな穏やかな時間は、長続きしなかった。
店内の隅、陰になったテーブル席で酒を飲んでいた三人組の男たちが、静かに席を立ち、俺たちのテーブルへと近づいてきたのだ。 全員が粗悪な革鎧を身に纏い、腰には短剣やナックルダスターを装着している。
その胸元には、先ほど山道で叩き潰したはずの『黒蛇の牙』の蛇の紋章が、不気味に刻み込まれていた。
(チッ……残党が、こんな街中にまで紛れ込んでいやがったか……!)
俺は大剣の柄にそっと手を伸ばし、低い声で唸った。
「何の用だ、野郎ども。……酒の味が不味くなる面拝みさせんじゃねえよ」
三人組の先頭に立つ背の高い男が、下劣な笑みを浮かべながら、ルシフェルの左手に握られたボロ剣と、ノエル様のフードの隙間を交互に見下ろした。
「ヘッ……こんなところで出会うとはなぁ。山道で頭領のダグラスたちを殺して逃げたっていう、『片腕のキチガイ』と『裏切り者のシバリア』は、お前らのことだな……?」
街の安らぎを切り裂くように、新たな悪意の影が静かに蠢き始めていた。
(第6話・第1編 完 / 第2編【視点:ルシフェル】へ続く)




