第5話:初めての魔法(第4編/全5編) 【視点:混ざり合う視点(ルシフェル/シバリア/ノエル)】
第5話:初めての魔法(第4編/全5編) 【視点:混ざり合う視点(ルシフェル/シバリア/ノエル)】
【1】
「おいおい、ルシフェル。少し手ほどきってやつを頼めねえか?」
草原の一本道を歩みながら、シバリアが巨大な大剣を肩に担ぎ直し、隣を歩くルシフェルへと視線を投げかけた。
「手ほどき……?」
ルシフェルは前方を向いたまま、淡々と問い返す。 その右腕は依然として厚い布切れで胴体へ固く縛り付けられたままだが、歩みの軸はぶれず、足音すら掠れるように静かだ。
「ああ。さっきのグラットン・ボアとの戦いだよ。あんたが突進をかわした瞬間の『軸足の滑らせ方』と『風の纏わせ方』だ」
シバリアは顎髭を撫でながら、真剣な眼差しで思い返すように言葉を続けた。
「俺の大剣は力と質量でねじ伏せるスタイルだ。だが、さっきみたいな岩石の甲殻を持つ相手や、間合いの広い大魔族が相手になると、どうしても振りの大大きさが命取りになる。あんたのように相手の力を受け流し、極限の隙間へ最速で滑り込む体さばき……盗ませてもらえるなら、俺の剣にも応用したいんでね」
「シバリア……ルシフェルさんは傷がまだ完治していないのですよ?」
ノエルがハーフエルフの長耳を揺らし、心配そうに介入してくる。
「いや、ノエル様。教えを請うと言っても、今すぐ立ち回るわけじゃねえ。……この男の剣の理合ってやつを、言葉だけでも理解しておきたいんだ。俺たち三人がこの先、本物の死線を潜り抜けていくためにな」
【2】
シバリアの言葉を聞き、ルシフェルは静かに歩みを止めた。
風が二人の間を吹き抜け、黄金色の草原を波のように揺らす。 ルシフェルは左手に握るボロ剣の柄へとそっと触れ、脳裏に浮かぶ「沖田総司」の背中を呼び覚ました。
「……シバリア。力で大剣を振るうこと自体は間違いではない」
ルシフェルが静かに語り始める。
「だが、腕力に頼る者は、腕力を上回る暴力に直面した時に刃が止まる。前世の剣士……沖田総司が到達したのは、力ではなく『重心の沈め方』だ」
「重心の沈め方……?」
「ああ。突きを放つ直前、踏み出す足の指先から膝、そして腰へと力みを一切無くして重心を落とす。身体の重みそのものを推進力に変えれば、片腕であろうと、どれほど重い剣であろうと、予備動作なしで最速の間合いへ踏み込める」
ルシフェルは左足をわずかに半歩、滑るように地へと沈めて見せた。 無駄な筋力の収縮が一切ない。まるで風の動きにそのまま乗るような、静かな踏み込み。
「そして……魔法だ」
ノエルが固唾をのんで見守る中、ルシフェルは言葉を続ける。
「魔法は手から放つものだと思っていた。だが、さっき刃に風が宿った時……分かったんだ。強い執念と覚悟があれば、大気の風は刃筋の軌道そのものに巻き付いてくれる。……シバリア、あんたの大剣の振りにも、覚悟があれば風や他の属性が宿るはずだ」
シバリアは大剣の柄を固く握り締め、ルシフェルの言葉を噛みしめるように深く頷いた。
「なるほどな……力で振るんじゃなく、重みと風に乗せる、か。片腕になっちまったからこそ辿り着いた、極限の理合ってわけだ。……感謝するぜ、ルシフェル」
【3】
「ふふ……なんだか、本当のパーティらしくなってきましたね」
二人のやり取りを見つめていたノエルが、嬉しそうに目元を和ませた。
「パーティ……か」
ルシフェルが呟く。 村を焼かれ、右腕を奪われ、たった一人で絶望の泥を這っていたあの夜。 あの時には考えもしなかった光景だった。
自分の横には、傷を癒やし、風の芽吹きを優しく導いてくれたハーフエルフの姫・ノエルがいる。 背後には、過去の因縁を断ち切り、背中を任せ合える元盗賊の大剣士・シバリアがいる。
前世の天才・沖田総司の凄惨な記憶が、冷酷な死生観を囁きかけてくる一方で、この二人と過ごす時間がルシフェルの胸の深底にある温かな人間性を繋ぎ止めていた。
「行きましょう。交易都市は、もう目の前です」
ノエルが明るい声で前方を指差す。
黄金色の草原の先、巨大な石造りの城壁と、幾重もの塔がそびえ立つ巨大都市の全貌が、夕暮れの赤金色の光の中にくっきりと浮かび上がっていた。
『黒竜の山脈』の麓に広がる、冒険者と商人の集う街。 リコリス奪還への第一歩であり、魔王軍の影へと繋がる次なる情報が集まる場所。
ルシフェルは左手に握る白銀の気配を潜めたボロ剣を確かめ、ノエルとシバリアとともに、決意を胸に都市の門へと歩みを進めた。
(第5話・第4編 完 / 第5編【全体視点】へ続く)




