第4話:ハーフエルフの姫(第5編/全5編) 【視点:全体視点(戦調の静寂と次なる道標)】
第4話:ハーフエルフの姫(第5編/全5編) 【視点:全体視点(戦調の静寂と次なる道標)】
【1】
嵐のような殺戮の狂騒が去り、山道には再び静寂が戻っていた。
打ち捨てられた錆びついた斧や折れた曲刀、そして『黒蛇の牙』の頭領ダグラスをはじめとする男たちの骸。山肌を吹き抜ける冷たい風が、漂う濃密な血の匂いをじわじわと薄め、周囲の木々の葉をさわさわと揺らしている。
大剣を地面に突き立てたまま、シバリアは静かに佇んでいた。 その太い両手はかすかに震えており、己の過去の陰惨な因縁——「盗賊としての自分」を完全に断ち切ったことによる、重く苦いカタルシスに包まれていた。
「……終わったな」
シバリアが低く呟き、深く溜息を吐き出した。 彼がゆっくりと振り返ると、そこにはハーフエルフの少女・ノエルが、胸の前で固く手を合わせたまま立っていた。
「シバリア……お怪我はありませんか?」
ノエルが静かに歩み寄り、心配そうに彼の顔を見上げる。 その声に非難や恐怖の色は一切なく、ただ彼の無事と、心を苛む過去の傷を気遣う優しさだけが満ちていた。
「ノエル様……。へっ、俺みたいな元悪党のために、嫌なものを見せてしまいましたな。……俺の過去のクズどもが、ノエル様にまで危害を加えようと……」
「そんなこと言わないでください、シバリア」
ノエルは首を横に振り、愛らしくも凛とした笑みを浮かべた。
「あなたが過去にどんな道を歩んできたとしても、今、私を守ってくれているのはあなたです。シバリアが私を助けてくれたから、私は今こうして生きていられる……その事実だけで十分です」
「ノエル様……」
シバリアは口元を歪め、照れくさそうに頭の後ろをボリボリと掻いた。 かつて泥棒稼業に身をやつし、世界を恨んで生きていた男が、いまや一人のハーフエルフの姫の真摯な信頼によって救われている。
——そして、その二人の少し離れた場所で、左手の一刀を鞘に納めた青年——ルシフェルが静かに佇んでいた。
【2】
「ルシフェルさん……」
ノエルが振り返り、ルシフェルのもとへと駆け寄った。
「あなたも、ありがとうございます。私を……そしてシバリアを助けてくれて」
「……礼には及ばない」
ルシフェルは素っ気なく応え、視線を山道の先へと向けた。 前髪の隙間から覗く茶色の瞳には、すでに倒した敵への執着も、勝利の余韻すら残っていない。
後頭部やみぞおちの傷、そして胴体に固く縛り付けられた、手首を握り潰された右腕。 激戦を終えたことで、抑え込まれていた肉体の悲鳴が再びジクジクと神経を苛み始めているはずだった。だが、ルシフェルは顔色一つ変えず、静かに身体の軸を保っている。
沖田総司の死生観——『戦いが終われば、刃を収め、次の死線へ備えるのみ』。 その冷徹な精神の型が、ルシフェルの全身を貫いていた。
「ルシフェル、あんたのその左手の刺突……本当に助かったぜ」
シバリアが大剣を背中の鞘へと納め、ルシフェルの肩を力強く叩こうとして——ふと手を止めた。傷ついた彼の体を気遣うように、軽く笑いかけて頭を下げた。
「背中を任せられる剣士が隣にいるってのは、悪くない心地だ。……俺の昔のゴミの後始末まで手伝わせちまって、すまなかったな」
「……シバリア」
ルシフェルは横目で大剣士を見つめた。
「俺は、あんたの手助けをしたわけではない。ノエルが言っていた通り……同じ方向を目指す仲間として、立ちふさがる障害を斬っただけだ」
「仲間、か……」
シバリアは嬉しそうに目元を和ませた。
これまで「自分の復讐のため」「リコリスを取り戻すため」だけに泥を這い、孤高を貫こうとしていたルシフェル。 その口から出た「仲間」という言葉。 前世の天才剣士の冷徹な記憶を宿しながらも、ルシフェルの内側にある優しさと人間性が、ノエルとシバリアの真摯な姿によって、確実に氷解し始めていた。
【3】
ノエルは胸元から聖印を取り出し、優しく手を掲げた。
「ルシフェルさん、少しだけ動かないでくださいね。激しく動いたことで、また傷口が開いてしまっています……『ル・ヒール』」
手のひらから溢れ出る、緑色の柔らかな光。 包み込むような温かな風がルシフェルの全身を撫で、神経を焼く痛みをしだいに和らげていく。
「……ノエル。治癒魔法は、お前の魔力を消費するのだろう。無駄使いはしない方がいい」
「無駄使いではありません」
ノエルはふふっと小さく微笑んだ。
「あなたの左手は、私たちを守るための大切な刃です。そして……あなた自身が、私にとっても、シバリアにとっても、もうかけがえのない大切な仲間なのですから」
ルシフェルは一瞬、返答に詰まり、少しだけ気まずそうに顔を逸らした。 ノエルとシバリアは顔を見合わせ、楽しそうに小さく笑い声を上げた。
東の空から注ぎ込む陽光が、山道を明るく照らし出している。 鬱蒼とした森を抜け、岩肌の道を進むにつれ、山道の先には果てしなく広がる平原と、遠くにそびえ立つ雄大な「黒竜の山脈」の影が見え始めていた。
「さあ、行きましょう。山脈の麓の街までは、あと少しです」
ノエルが先頭に立ち、元気に歩みを進める。 シバリアがその隣を歩き、ルシフェルは左手に白銀の気配を秘めたボロ剣の鞘を握り直し、二人の少し後ろから静かに従う。
ハーフエルフの姫・ノエル。 元盗賊の大剣士・シバリア。 そして、片腕を失い沖田の天稟を覚醒させた天才剣士・ルシフェル。
絶望の惨劇から始まった旅路。 だがいま、理不尽な運命に立ち向かう三人の胸には、確かな信頼と「仲間」という名の固い絆が芽生えていた。
東に待つ魔王軍の影、そして連れ去られたリコリス奪還への過酷な道のりに向けて、三人の足跡は、力強く未来へと刻まれていくのだった。
【第4話:ハーフエルフの姫(全5編)完】 (第5話:初めての魔法 へ続く)




