第4話:ハーフエルフの姫(第4編/全5編) 【視点:混ざり合う視点(ダグラス/シバリア/ルシフェル)】
第4話:ハーフエルフの姫(第4編/全5編) 【視点:混ざり合う視点(ダグラス/シバリア/ルシフェル)】
【1】
(な、なんだ……なんなんだよ、あの片腕のガキは……!?)
『黒蛇の牙』の頭領・ダグラスの片目が、恐怖と信じられないという焦燥で激しく見開かれていた。
突如として倒された部下二人。 胸板を寸分の狂いもなく深々と穿たれ、悲鳴をあげる暇すらなく即死した。 しかも、それを成し遂げたのは大剣を振るうシバリアではない。右腕を手首ごと潰され、厚い布切れで痛々しく体に括り付けた、ただの「片腕のボロ人間」だったはずの青年だ。
「ヒッ……! 頭領、あいつ……手元で何かが光ったと思ったら、二人まとめて突いて殺しやがった!」 「ただの怪我人じゃねえぞ! なんだよあの目の冷たさは……人間を殺し慣れてる目だァッ!」
取り囲んでいた野盗どもが、ガタガタと膝を震わせ、じりじりと後退り始める。 殺気立っていた集団の空気が、たった一瞬で「狩る側」から「狩られる側」へと完全に反転していた。
「ひるむな、バカ野郎どもッ!」
ダグラスが唾を撒き散らしながら怒鳴り散らす。
「いくら剣が使えようが、相手は右腕の死んだ半端者だ! 一度に相手にできる数に限りがある! シバリアと同時に囲んで、後ろの小娘ごと蜂の巣にしろッ!」
ダグラスの叫びに後押しされ、四人の男が意を決して武器を構え直す。 二人がシバリアの巨体へ、残る二人がルシフェルの死角——動かない右腕の側へと同時に躍り出た。
「ガハハッ! 右側はガラ空きだぜ、片手野郎ォッ!」
粗悪な曲刀を掲げ、右側から迫る男の凶刃。 しかし、その強襲を目の当たりにしながら、ルシフェルは一切の動揺を見せなかった。
【2】
(右からの襲撃。……読めている)
ルシフェルの頭脳は、恐ろしいほどの静寂の中にあった。
脳蓋の奥底に脈動する新選組一番隊組長・沖田総司の凄惨な記憶。 右腕を深く斬られ、病魔に侵された死線の中で、刺客どもがこぞって「動かない右側」を狙ってきた数々の死闘。 その全てが、いまルシフェルの前で鮮明な身体操作の解として再現される。
(右が死角なら、引きつけて踏み込みの軸を反転させる)
ルシフェルは右側から迫る曲刀の刃先を、僅か数ミリの距離まで引きつけた。 男の顔に勝機を確信した醜い笑みが浮かんだコンマ数秒の瞬間。
ルシフェルは左足を軸にして、身体をくるりと反時計回りに半回転させた。
——ス……ッ。
空を切る不快な金属音。男の曲刀は、ルシフェルの前髪一筋すら掠めることなく、空しく空を叩いた。 旋回による遠心力と、左足の力強い踏み込み。ルシフェルはその二つの推進力を、左手に握る「古びた鉄の剣」へと完璧に集約させる。
白銀の光芒が、一瞬にして刀身を包み込んだ。
——『天稟・旋回一閃』。
ズバァァッ!!
白銀の刃が綺麗な円を描き、右側から襲いかかった二人の野盗の喉笛を、同時に一滑りで深く切り裂いた。
「ガっ、……カハッ……っ!?」
二人の男は首を押さえ、血の飛沫を撒き散らしながら崩れ落ちた。 ルシフェルは旋回の勢いを殺さず、そのまま左手の一刀を鞘へ滑らせるように引き戻す。 無駄な動作が一つもない。流れるような殺戮の舞。
「オオオアァァァッ!!」
その背後では、シバリアの大剣が爆風のような音を立てて横一閃に叩きつけられていた。 正面から迫っていた二人の野盗が、大剣の凄まじい質量によって武器ごと叩き折られ、岩肌へと激突して動かなくなる。
大剣士の圧倒的な暴力と、片腕の天才剣士の神業的な精密さ。 背中を預け合った二人の前で、十数人いたはずの『黒蛇の牙』は、あっという間に半分以上が沈黙させられていた。
【3】
「ひ……ヒィィィィッ……!?」
残された野盗たちが、ついに武器を投げ捨てた。 仲間が次々と切り捨てられ、泥と血の中に沈んでいく惨劇。 大剣の振り下ろしに怯え、片腕の青年の白銀の一閃に怯え、彼らはもはや戦意など欠片も残っていなかった。
「化け物だ……化け物どもだァッ!!」 「逃げろ! 逃げろぉぉッ!!」
蜘蛛の子を散らすように、残党どもが山道の奥へと向かって逃げ出し始める。
「待て! 待てよ野郎どもッ! 戻れェッ!!」
頭領のダグラスが片目を血走らせて叫ぶが、恐怖に狂った部下たちが立ち止まるはずもない。 あっという間に、山道に残されたのは、首領であるダグラスただ一人となった。
「チッ……クソがァッ!!」
ダグラスはダガーを構え直し、後退りしながらシバリアとルシフェルを交互に睨みつけた。
「シバリア……お前、本気でそのガキと小娘のために俺たちを裏切る気か!? 俺たちは昔、同じ釜の飯を食った仲じゃねえか!」
「黙れ、ダグラス」
シバリアが血に塗れた大剣を地面に突き立て、低く腹に響く声で言った。
「俺はもう、お前たちの知っている『盗賊のシバリア』じゃねえ。ノエル様を守り、理不尽に抗う男たちの味方だ。……お前たちの下劣な悪意に、ノエル様を触れさせるわけにはいかん」
「よく言うぜ……! 昔は散々人を殺して奪ってきたくせに、今更聖人ぶるんじゃねえよッ!」
ダグラスは激昂し、手に持った短剣をシバリアへ投擲しようと腕を引き絞った。 だが——
——ドスッ!!
ダグラスの動きが、唐突に止まった。
彼のみぞおちに、白銀の光を帯びた一振りの刃が、深く突き刺さっていた。
「な……がっ……!?」
ダグラスが信じられないという目で足元を見下ろす。 そこには、右腕を胴体に縛り付けたまま、いつの間にか距離を詰め、左手の一刀を一直線に深く穿ち抜いていたルシフェルの姿があった。
「昔がどうだろうと関係ない」
ルシフェルは前髪の隙間から、冷ややかにダグラスの片目を見つめた。
「今、ノエルとシバリアに刃を向けた……それだけで、お前を斬る理由には十分だ」
「ル、ルシフェル……」
シバリアが息を呑む。
ルシフェルが左腕に力を込め、白銀の刃を一気に引き抜いた。 ダグラスの体からどっと血が噴き出し、頭領の巨躯がドサリと山道の枯れ葉の上へ倒れ込んだ。
静寂が、再び山道を支配する。 生き残った野盗たちの逃げていく足音も遠ざかり、そこには倒れた敵の骸と、血の匂いだけが残されていた。
ルシフェルは左手に握るボロ剣を、静かに手首の一振りで血を払い、鞘へと収めた。 カチン、と乾いた金属音が響き、白銀の光芒が潜む。
背後でその一部始終を見つめていたノエルが、胸の前で固く手を合わせ、静かに息を吐き出した。 片腕の天才剣士と、元盗賊の大剣士。 因縁の敵を退けた二人の背中に、新たな絆の確かな芽生えが感じられる瞬間だった。
(第4話・第4編 完 / 第5編【全体視点】へ続く)




