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第4話:ハーフエルフの姫(第3編/全5編) 【視点:ルシフェル】

第4話:ハーフエルフの姫(第3編/全5編) 【視点:ルシフェル】


【1】


「……俺の、昔の『悪友』たちだ」


シバリアの口から絞り出された声は、低く、重苦しく沈んでいた。 彼の手にある大剣の柄が、強靭な指先によってギチギチと音を立てて握り締められている。いつもは豪快で、どこか軽薄さすら漂わせている巨体の男から、尋常ではない怒りと過去の悔恨が静かに溢れ出していた。


岩陰から現れたのは、十数人の男たち。 ボロを纏い、錆びついた斧や曲刀、汚れた短剣を手にしたその姿は、一見するとただの路傍の野盗に過ぎない。 しかし、彼らの着ている革鎧の胸元には、共通して不気味な「黒い蛇」の紋章が刻み込まれていた。


「ギャハハハ! 久しぶりじゃねえか、シバリアぁ!」


集団の先頭に立つ片目の男——右目に黒い眼帯をつけ、下劣な黄ばんだ歯を剥き出しにした男が、歪んだ嘲笑を浮かべながら一歩前に踏み出した。


「組の頭を裏切り、泥棒稼業を足蹴にしてトンズラこいたと思ったら……ハハッ! ハーフエルフのガキのケツを追いかける飼い犬に成り下がっていたとはな!」


「ダグラス……」


シバリアの口から、その片目の男の名が漏れ出る。


「貴様ら……なぜこんな山奥にいる。『黒蛇の牙』は、数年前に騎士団によって壊滅したはずだ」


「壊滅だと? 冗談言うなよ!」


ダグラスと呼ばれた男は、地面にペッと汚い唾を吐き捨てた。


「あの程度のガサ入れで俺たちが潰れるかよ! 生き残った野郎どもで細々と荒稼ぎをしてたのさ。……で、今日はお前という最高のアタリを引き当てたってわけだ!」


ダグラスのギラついた片目が、シバリアの背後に立つノエルへと向けられる。 舐め回すような悪意に満ちた視線。ノエルはハーフエルフの長耳を固く緊張させ、シバリアの背中にそっと身を寄せた。


「おいおい、見ろよ野郎ども! あんな極上のハーフエルフの生娘、闇市に流せば金貨が何百枚にも化けるぜ! 隣にいる片腕の死に損ないのボロ人間も、奴隷商人に投げ売れば酒代くらいにはなる!」


「ギャハハハ! 違いねえ! 運が巡ってきやがった!」


周りを取り囲む野盗たちが、ゲラゲラと下劣な声を上げて武器を打ち鳴らした。 十数人の凶器と悪意が、山道の狭い空間を押し潰すように満ちていく。


【2】


(盗賊団……過去の因縁か)


ルシフェルは静かに、彼らの立ち位置と周囲の地形を観察していた。 右腕は胴体に固く縛り付けられたまま。後頭部やみぞおちの打撃の残り傷が、引き絞られる呼吸のたびにジクジクと痛む。 だが、ルシフェルの意識は驚くほど平穏だった。


頭蓋の奥底に刻まれた、新選組一番隊組長・沖田総司の死生観。 雨の京都で、数に頼る刺客や無法者どもを幾度となく斬り伏せてきた記憶が、ルシフェルの脳内で冷徹な演算を始める。


(前方に十二、左右の草むらに潜む者が二人。武器は斧と粗悪な鉄剣……間合いの取り方は素人同然。恐れるに足らん)


ルシフェルは左手に握る「古びた鉄の剣」の鞘に、そっと指をかけた。 白銀の気配が、刀身の奥底で静かに脈動し始める。


「シバリア」


ルシフェルが低い声で呼びかけた。


「斬るのか。……それとも、昔の情で逃がすつもりか」


「……情だと?」


シバリアが振り返り、ルシフェルを睨みつけた。 その瞳には、かつて盗賊として生きていた頃の、暗く濁った血の恐怖が宿っていた。


「冗談言ってもらっちゃ困るぜ、ルシフェル。こいつらはただの盗賊じゃねえ……金のためなら赤ん坊の首でも平気で刎ねる、本物のドブネズミどもだ。ノエル様に指一本触れさせるくらいなら、俺がここで全員叩き切る!」


「シバリア……」


ノエルが痛痛しそうに彼の名を呼ぶ。


「ノエル様、俺の後ろから離れないでくだされ! こいつらは俺の過去のゴミだ……俺の手で片を付ける!」


シバリアが大剣を両手で深く構え、凄まじい威圧感を解き放った。 巨体から繰り出される本物の殺気。ダグラスたち野盗の嗤い声が、一瞬ピタリと止まる。


「チッ……相変わらず口だけはデカい野郎だ! お前ら、やれぇッ! 大剣を振るう隙を与えるな! 細切れにして小娘を引っ立てろッ!!」


ダグラスの咆哮とともに、十数人の盗賊が一斉に躍り出た。 刃を振りかざし、地面を蹴って殺到する凶徒の群れ。


【3】


「オオオオアァァァッ!!」


シバリアが大剣を横一文字に薙ぎ払った。 突進してきた前衛の二人を、大剣の圧倒的な重量と破壊力が吹き飛ばす。肉が潰れ、骨が砕ける重厚な音が山道に響き渡った。


だが、敵は十数人。 大剣の振り終わり——次の構えへと移行するコンマ数秒のラグを、盗賊たちは見逃さなかった。


「甘いぜシバリアァッ! 大剣は振った後がガラ空きなんだよッ!」


左右から、三人の男が短剣を握ってシバリアの死角へと跳びかかる。 同時に、ノエルの背後——草むらに潜んでいた二人の男が、無防備なハーフエルフの少女を目がけて死角から斧を振り下ろした。


「キャッ……!?」


ノエルが悲鳴を上げ、身をすくめる。 シバリアの大剣は引き戻しが間に合わない。


「ノエル様ッ——!?」


シバリアの絶叫が空を裂く。


しかし。


——ス……ッ。


ノエルの目前で、風が止まった。


草むらから躍り出た男たちの視界から、一人の青年の姿が「消えた」。 右腕を胴体に縛り付けた片腕の青年——ルシフェルが、最小限の踏み込みで二人の男の懐へと滑り込んでいたのだ。


「な——!?」


男が驚愕に目を見開く猶予すら、与えられなかった。


ルシフェルの左腕が、滑らかに引き絞られる。 泥に塗れていたはずのボロ剣の刀身が、一瞬にして月光を吸い上げたかのような、幻想的な白銀の光を解き放った。


『死角を突くのは、己の死角を晒すことと同じだ』


脳裏で響く沖田総司の冷徹な教え。 ルシフェルは左半身の軸をコマのように回転させ、白銀の刃先を一直線に解き放った。


——『天稟・二重突き(ふたえづき)』。


ドスッ、ドスッ!!


一瞬のうちに繰り出された、不可視の二連刺突。 ノエルへと斧を振り下ろそうとしていた二人組の胸板が、寸分の狂いもなく同時に深く穿たれた。


「ガハッ……!?」 「あ、……ぁっ!?」


白銀の光が男たちの背中へと突き抜け、鮮血が山道の枯れ葉の上へと撒き散らされる。 二人の男は斧を落とし、目を見開いたまま絶命し、ドサリと地面へ崩れ落ちた。


「な……なんだ、あの片腕のガキは……!?」


シバリアの死角へ襲いかかろうとしていた残りの男たちが、恐怖に足を止めた。 一瞬前まで「ただの害のない傷病者」だと思っていた青年が、目にも留まらぬ白銀の一閃で仲間二人を即死させたのだ。


ルシフェルは左手に握る白銀の剣を引き戻すと、血を払う動作すら省略し、残る盗賊たちへと冷ややかな茶色の瞳を向けた。


前髪の隙間から覗くその瞳には、相手が魔族であろうと人間であろうと関係ない、冷酷なまでの「天才剣士の死生観」が宿っていた。


「シバリア」


ルシフェルは後ろも振り返らず、淡々と告げた。


「背中は任せろ。……ノエルには、指一本触れさせない」


その言葉に、シバリアは背筋を震わせ、力強い笑みを浮かべた。


「へっ……頼もしいじゃねえか、ルシフェル! お前らドブネズミども、俺たちの絆を舐めるなよッ!!」


大剣士と片腕の天才剣士。 二人の刃が、山道を満たす悪意を切り裂くべく、同時に地を蹴った。


(第4話・第3編 完 / 第4編【混ざり合う視点】へ続く)

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