第4話:ハーフエルフの姫(第2編/全5編) 【視点:シバリア(大剣士)】
第4話:ハーフエルフの姫(第2編/全5編) 【視点:シバリア(大剣士)】
【1】
「ふう……まったく、ノエル様もルシフェルも、歩くペースが早くて困るぜ」
俺は背中の大剣を軽く揺らしながら、頭後ろで両手を組み、あくび混じりに呟いた。 言った口の端から嘘だとバレる。俺の巨体と脚力なら、この程度の山道は何の苦にもならん。だが、前を行く二人の背中を見ていると、どうにも居心地の悪さと、不思議な可笑しさがこみ上げてくるのだ。
ハーフエルフゆえに国を追われ、世界の理不尽に晒されながらも、誰かの傷に寄り添おうとするノエル様。 そして、腕を握り潰され、村を焼かれ、大切な存在を奪われてなお、死に体のまま泥を這うように刃を突き出し続けるルシフェル。
二人とも、世界という理不尽な怪物に「生き様」を踏みにじられた者たちだ。
(……沖田総司、ねえ)
さっき、ルシフェルが沢の清流の傍らで口にした言葉を思い返す。 前世の異国の天才剣士だの、天稟の才だの、普通なら狂人の戯言だと笑い飛ばすところだ。 だが、俺には笑えなかった。
俺はかつて、盗賊としてあらゆる悪党や修羅場を潜り抜けてきた。 剣の理合ってやつは、いくら口で飾ろうが、振るった瞬間にその人間の「本質」が透けて見える。 あの三匹のインプを一瞬で屠った左手一刀流——あれは、一朝一夕で身につくような代物じゃない。呼吸の浅さ、軸足の沈め方、手首の微細な返し。それら全てに、何千何万という死線を潜り抜け、命を削り散らしてきた「本物の殺戮の真理」が宿っていた。
借り物の技術だろうが何だろうが関係ねえ。 あいつはあの白銀の刃と凄惨な死生観を胸に抱き、本気でサルガタナスという大魔族の首を跳ねようとしている。
「おい、ルシフェル。少し聞いていいか」
俺は二人に追いつくように歩幅を速め、ルシフェルの隣へと並んだ。
「何でしょうか」
ルシフェルは前方を向いたまま、素っ気なく応える。 その右腕は依然として、厚い布切れで胴体へと固く括り付けられたままだ。動かない腕の重みすら、彼の歩行の軸を狂わせることはない。
「あんたのその前世の剣士……沖田とか言ったか。そいつは、なんでそんな『片手剣術』の極意に行き着いたんだ? 腕を斬られた後に、どうやってその技を磨いた?」
【2】
ルシフェルは一瞬だけ足を緩め、横目で俺を見た。 その茶色の瞳には、遥か遠い時空の雨音を聞いているかのような、深遠で冷ややかな光が宿っていた。
「……沖田総司は、病に侵されていた。結核という、当時の異国では治す術のない死病だ」
ルシフェルが静かに語り出す。ノエル様も耳を澄ませるように、歩幅を緩めて彼の言葉に聞き入っていた。
「死線の中で刺客と刃を交え、彼は右腕の肉と骨を深く斬り割られた。腕は動かなくなり、呼吸をするたびに口から鮮血が噴き出す……文字通りの満身創痍だ。普通なら、誰もが刀を置き、死を受け入れる状況だった」
「……だが、そいつは諦めなかったってわけか」
「諦めるという選択肢が、彼の中には最初から存在しなかったんだ」
ルシフェルの声に、静かな熱が籠もり始める。
「右腕が死んだなら、身体の軸ごと左半身を前に滑らせればいい。両手で振る力が失われたなら、踏み込みの推進力と刃筋の角度だけで、敵の急所を最速で穿てばいい。……極限まで追い詰められ、命の灯火が消えかけるその直前、彼は『片腕の無明突き』という境地に達した」
ルシフェルは己の左手を見つめた。
「俺が昨夜、サルガタナスに右腕を握り潰され、泥の中で絶望に沈んでいた時……その沖田の無念と極意が、俺の『天稟』と交差し、魂に流れ込んできた。……だから、俺のこの左手は、彼の生き様そのものなんだ」
俺は黙ってルシフェルの言葉を聞いていた。 話を聞けば聞くほど、恐ろしい一致を感じずにはいられない。
右腕を奪われたルシフェルと、腕を斬られた沖田総司。 理不尽な運命に命を弄ばれながらも、刀を振るうことだけを拒まなかった二人の男。 その魂が世界を超えて交差したからこそ、あの異質で美しい「白銀の一閃」が生まれたのだ。
「なるほどな……」
俺は頭の後ろをボリボリと掻いた。
「借金みたいなもんだな、あんたにとっちゃ。前世の天才から技を借りて、自分の命と引き換えにリコリスちゃんを奪い返す。……泣かせるストーリーだが、一つだけ言わせてくれ」
俺は大剣の柄をポンポンと叩いた。
「剣ってのはな、技術だけじゃ斬れねえんだよ。振る奴自身の『想い』が乗ってねえ刃は、土壇場で折れる。あんたのその左手の一刀には、沖田って奴の怨念だけじゃなく、あんた自身の『リコリスを取り戻す』って執念が乗ってる。だから強いんだ」
【3】
ルシフェルは俺の言葉に驚いたように目を見開き、それからフッと鼻で小さく笑った。
「……元盗賊の割には、いいことを言うな、シバリア」
「へっ、元盗賊を舐めてもらっちゃ困るぜ。修羅場の数だけなら、そこらの騎士サマより潜り抜けてきてんだからな」
俺たちがそんな軽口を交わしていると、前方を進んでいたノエル様が、急に足を止めた。
「……シバリア、ルシフェルさん。止まってください」
ノエル様の発声には、いつもの柔らかさではなく、緊迫した緊張が走っていた。 ハーフエルフ特有の長い長耳が、ピクピクと細かく震えている。
「ノエル様、どうされましたか!?」
俺は即座に大剣の柄に手を伸ばし、ノエル様の前に身を乗り出した。
「風が……急に冷たくなりました。それに、この匂い……焦げた鉄と、下劣な殺気が混ざり合っています」
「魔族か……!?」
「いいえ……違います。この足音と、金属が擦れる嫌な音は……人間です。それも、大勢の……!」
ノエル様が指差した先、山道が大きく曲がり、見通しの悪くなっている岩陰の向こうから、ガサガサと不穏な足音が近づいてきた。
「ヒヒヒッ! おいおい、こんな山奥に上等な獲物が歩いてるじゃねえか!」 「見ろよ、ハーフエルフの極上な小娘だぜ! 高値で売れるぞ!」
岩陰からゾロゾロと姿を現したのは、ボロボロの革鎧を身に纏い、錆びついた斧や短剣を手にした男たち——十数人の盗賊団だった。
俺はその男たちの顔ぶれと、鎧に刻まれた下劣な蛇の紋章を見た瞬間、全身の血が逆流するような衝撃を受けた。
(なっ……!? この紋章は……『黒蛇の牙』……!?)
「シバリア、あの紋章は……?」
ノエル様が不安そうに俺の顔を見上げる。 俺は歯を強く噛み締め、大剣を鞘から一気に引き抜いた。重厚な鉄の音が、山道に低く響き渡る。
「……俺の、昔の『悪友』たちだ」
俺の低い声に、盗賊たちの先頭に立つ片目の男が、ニヤリと嫌らしい歪んだ笑みを浮かべた。
「ギャハハハ! 誰かと思えば、組を裏切って騎士サマの飼い犬になった『大剣のシバリア』じゃねえか! こんなところで会うなんて、運命を感じるぜぇ!」
過去の因縁が、容赦なく俺たちの旅路に立ち塞がろうとしていた。
(第4話・第2編 完 / 第3編【視点:ルシフェル】へ続く)




