八話 帝国軍人の憤怒
サシャは優実をベッドに寝かしつけ、軍務司令官室に急いで戻った。どうせ面倒な事になっているだろうと考えて室内に入ると、案の定厄介な状況を目にして呆れてため息をついた。
――厄介事。それは目の前で完全武装したグエン・オスカルだった。
「何してんのよ。この馬鹿」
「あ?ほっとけよクソが」
彼の違和感に目を釣り上げ睨む。
こういう事は、皇国から奴隷を救出した時には何度かあった事だけれど、今日は一段とおかしいとサシャは感じて「見たのね」と端的に事実を言い当てる。
「あぁ。反吐が出る」
「はぁ。貸しなさい」
「ほらよ」と言ってサシャに記憶媒介を手渡すグエン。彼は過去一激昂している、それを感じたサシャは普段は余程のことがない限り見ない記憶媒介の映像を確認する。
――それは優実と言う少女が経験するには余りにも残酷な記憶だった。
「知ってるだろ。記憶媒介は記憶と音声は読み取れても感情は読み取れない。にも関わらす感情が言語化している」
「えぇ。知っているわよ・・・私が開発したんだもの。感情が言語化するのはどういう条件かも」
感情が言語化するのは死の恐怖を超える憎悪と欲望だけ。
「両親と友人に対する思いだけが言語化してんだぞ?あのクソ共に虐げられ殺されかけた少女がっ!復讐ではなく!!家族と!!友人に会いたいと!!こんな事が許されて良いわけね―だろうが!」
「気持ちは分かるわ。でも落ち着きなさい」
「あぁ!?てめーこそなに――っ!?」
押し黙るグエンはサシャの握った拳を見て戸惑う。
普段、こういう時冷静なサシャが感情を押し殺して激昂している所を見るのはグエンは初めてだった。
「記憶を見たんでしょ・・・あの方が動いている。なら、今動くわけには行かないわ」
あの方。優実が逃げる最中出会ったローブの男。
それが誰なのかをグエンとサシャは知っていた。そして、彼が居なければ優実は死んでいた事も。
「それに・・・抜け駆けは許さない。私が必ずコイツらを殺す。特にセアドとか言うクソ野郎は」
「セアド?アイツよりお前は叶とか言う糞餓鬼を殺すと思ったけどな」
不思議そうに見るグエンに『そうか知らないか』とサシャは肩をすくめる。
「あの男達がやろうとした事分からないの?」
「・・・分かるのか?」
ギリッと歯軋りして「えぇ」と答える。
「聞いた事があるからね。殺した人間の首を使って――」「それ以上は言わなくて良いわ。胸糞悪くて突撃しちゃいそうだ」
おどけたように告げるが全く笑っていないグエンに「あら?そう?」とそれ以上話すのを止める。
「兎に角。今はその時じゃない・・・こちらに切り札がある以上向こうは公表されたくは無い。でも仕掛ける口実が無い以上、手出しも出来ない、なら今のうちに戦力を整えるべきよ」
「お前、まさか彼女を使う気じゃね―だろうな?もしそうなら」
「使う使わないじゃないわよ。優実ちゃんは強い、それに彼女が何時までも診療所に籠もってるのは良くないわ・・・アンタが近付くだけで過呼吸になるのよ?彼女が自立する為に手に職を付けるのは悪い事じゃない」
グエンが危惧している事はサシャには分かっていた。
『剣聖』や『聖女』なんて紙屑だと思える程の力を彼女は持っている事を『PrismForge』の最後の一文『鍛冶職としての最高峰の適正を持つ』その意味を。
「悪いことじゃないだと?体よく使う常套句だろうが」
「じゃあどうするの?彼女は治療院を出たあと誰が彼女を養うの?彼女には家から出ずにガタガタ震えて引き籠もれとでも言うの?」
「それはっ・・・」
狼狽えるグエンに「だから貴方は考えなしの馬鹿なのよ」と馬鹿にする。
「いい?彼女は弱くない。頭も回るし、勇気もある。死ぬかもしれない恐怖すら耐え忍んだ彼女を檻に閉じ込めるなんてあり得ない。あんな事があっても私達を信じようとした勇気を私達が信じてあげるべきよ」
「じゃあどうするってんだ」
睨むグエンにサシャは「ローエンの鍛冶場に案内する」と端的に告げる。
「あの偏屈爺さんか?」
「えぇ。あの人は人を選ぶ眼はある。実力も――そこらの鍛冶師なんて紹介出来ないわよ」
口元に手を置いて考え込むグエンは暫くして「はぁ・・・わーったよ」と言って降参する。
「よろしい」
「ちっ騙された気分だよ」
引き下がったグエンを見て勝ち誇る様に笑うサシャ。こういう言い合いは何時も勝っている彼女。とはいえ、グエンが此処まで激昂するのも珍しいので少しホッとしていた。もし、突撃していたら、それこそ彼女の望まぬ結果になっていた可能性があると。
「あら?騙してないわよ。それに復讐はちゃんとするわよ彼女の代わりに」
「はっ。それは俺の役目だ馬鹿が」
挑発するグエンを睨むサシャ。
第一軍団 団長グエン・オスカルと副団長サシャ・フィリーネ。
帝国の盾と呼ばれる彼女達が優実の盾になると決めた瞬間だった。




