六話 温かさに触れて
柔らかい。
体を包み込む温かさと、額に感じる冷たさ。
何処だろうか?と微睡む意識の中ゆっくりと目を開ける。温かい日差しを感じて起き上がる。
(ここは?いったい)
皇国から逃げて逃げて。
死にかけた――でもここは。
薬品の匂いがする。
保健室みたい。
「あら、目覚めた?」
「ひっ!!」
吃驚して、声の方向を見ると優しげな雰囲気をした女性がいた。
誰だろうか・・・それにここは本当に何処?
「驚かせちゃったわね。ごめんなさい」
「あっ、い、いえ。あの、ここは・・・いたっ」
「まだ、動かないの。応急処置はしたけど、貴方、死にかけてたんだから」
ギプスだ。
折れていた右腕にはしっかりとギプスが巻かれていた。それに、包帯も巻かれてる。彼女が助けてくれた?
「慌てなくていいわ。ユーラシア帝国では奴隷制度は無いから」
「帝国・・・ここはアルカナ皇国じゃない?」
頷く女性を見て何故か泣きそうになる。
逃げ切れた?でも、奴隷制度は無いだけで、また酷い扱いを受けるかもしれない。
「少し話を――」「おー?目覚めたかぁ?」
遠慮なしに室内に入ってくる、無精髭を生やした男性。ニコニコしながら入ってきた男性を見て私の身体が勝手に震え出し、心臓が急に暴れ出す。
――ひっあっ!息が・・・!
「かはっ・・ひっ・・・や、やだっ」
嘲笑う兵士の顔がチラつく。
死ぬ、殺される!
「やだっこ、こないでっ」
逃げないと逃げないと逃げないと!!
「お、おい嬢ちゃん?おちつ――」「こぉんのすっとこどっこい!!」
バコン!!っと思い切り入ってきた男の頭を持っていた書類で叩く女性は「グエン!!あんたは外で待機しとけ!!」と文句を垂れ流す男を締め出す。
「ごめんなさいね。あいつデリカシーがないのよ」
「はっ・・ひっ、いき・・できなっ」
ガクガクと震えが止まらない。
私を殺そうとする兵士の幻影が嘲笑っている。
死ぬ。私――。
ふわり――と優しく包みこまれる。
女性特有の匂いがして、優しく背中を撫でてくれる。
「よしよし。落ち着け。大丈夫・・・大丈夫だからゆっくり深呼吸して」
「はぁ・・・はぁ。ご、ごめんなさっ」
「謝らなくていいよ。此処では貴方を傷付ける人はいないよ」
優しい声に私は泣いてしまう。
この世界で初めて優しさに触れて、強張った身体が解れていくのが分かる。
―――私は助かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ごめんなさい。その・・・取り乱してしまって」
暫く泣いて落ち着いた私は改めて女性に礼をする。
彼女は気にしていないみたいで「良いのよ。こちらこそあのスカポンタンのせいで、ごめんなさいね」と言って笑う。
「あ、そうだ。言うの忘れてたわ。私の名前はサシャ・フィリーネ。サシャって呼んでね」
「サシャさん、えっと・・・よろしくお願いします」
どうやら彼女が私を治療してくれたのだろう。
サシャさんは机のうえに置いてあった緑色の液体を手渡してくる。
「これ、ポーションよ。流石に怪我が酷いから気休め程度にしかならないけど、飲まないよりはマシだから飲んで」
「ぽ、ポーション?えっと、はい」
流石に治療した人を毒殺なんてしないよね?
コクリと一口飲んで――「けほっ!に、苦いっ」
なにこれ!?滅茶苦茶苦い!
「ふふっ。初めて飲んだ?まぁ冒険者と騎士くらいしか飲まないからね。苦いでしょ?でも、飲まないと良くならないからね」
「は、はい」
薬とか私は平気な方だけど、これは苦すぎるよ。
我慢して、何とか全部飲み干す。
苦すぎて吐きそう。
「よく飲めました。それと、ごめんなさいね」
「にがい・・・何のことですか?」
さっきの男性の事なら、自分の心の問題なのでサシャさんに非はないと思うけれど。
「昨日、貴方が森に入った段階で私達は助けることも出来きたの。でも、ギリギリになってしまった。ごめんなさい」
「え?それはどういう意味ですか?」
「うん。貴方が逃げた森は皇国と帝国の国境だったのよ。だから皇国内に居る貴方を助ける事は本来出来なかったの。でも、貴方が最後、手を伸ばしたでしょ?」
確かに最後、必死の思いで手を伸ばしていた様な気がする。意識がほとんど無くて、おぼろげだったけれど。
「確かに、そんな気が・・・」
「あんまり覚えてないかな?でも、貴方が生きたいと本気で手を伸ばしてくれたおかげで、貴方の手が国境線を越えた。だから私達は貴方を引っ張って帝国に入れる事が出来たの」
――あ。そうだ、確かに最後誰かに引っ張られた覚えがある。
最後の最後、本当にギリギリ私は逃げ切れたんだ。
「そうだったんですね。ありがとうございます。助けてくれて」
「いえ、こちらこそ。頑張ったわね」
サシャさんの撫でる手が心地良い。
温かい手だと思う。
「それにしても皇国の奴隷に対する扱いは酷いとは聞いていたけれど・・・とんでもないわね。いったい何をしたの?」
「えっとそれは――」「そりゃあれだろ!」
「だから入ってくんなっつてんだろーが!!このサル!!」
サシャさんが全力でグエンさんと呼ばれていた男性を蹴り飛ばして部屋から叩き出す。
壁に激突したグエンさんが「いってーーー!何しやがんだ!このクソ女!!」と叫びながらサシャさんを睨みつける。
「ああん??アンタさっきこの子に怖がられてたのわかんねーのか?ぶっ飛ばすよ!!」
「はぁ!?それはオメーの脳筋ツリ目が怖かったんだろーが!!なぁ?お嬢ちゃん!」
「え?あ、あの」
オロオロする私を見て「やっぱりオメーの男臭いのが原因でしょーが!!」と叫ぶサシャさんと「俺はフローラルな香りがするって定評があんだよツリ目女!!」と言い合う二人。
「てか!あんた!今何言うつもりだった??」
「あん?そりゃおめー。女神像に小便でも掛けたんだろって」
「テメーは馬鹿か!!彼女は女の子だぞ?ああん??そんな野蛮な事するわけねーだろ?デリカシー勉強してこいや!!」
ワイワイと言い合う二人。
だけど私はそれどころでは無い。先程よりは落ち着いたけれど、男の人が近くに来るとどうしても身体が強張る。
思い出してしまう。
嗤う彼奴等を・・・どうしても。
「・・・ちっ。と・に・か・く!アンタは扉の中から内側に入るな!!分かったね」
「わーったよ!たくっ」
私を見て察した様子の二人が言い合いをやめた。
私には分かった。
フローラルでは無いけれど、一瞬嗅いだ温かい太陽の様な匂い。
―――最後私を引っ張ってくれたのはグエンさんだと。




