五話 絶望少女の逃避行―5
『死にたく無ければ振り返らず真っすぐ全力で走り続けろ』
その声だけがずっと頭に残り続ける。
その言葉を信じてひたすら、真っすぐ振り返る事もせずひたすら走る。
息が上がっても、苦しくても、死ぬより辛い事は無いと信じて。
草木が生い茂る森をひたすら。
あの人は誰だったのだろうか――何故あんな助言をしたのだろうか。
私が無様に足掻く様を見て笑いたかったからだろうか。
そんな考えばかりが浮かぶ。
もしかしたら、今逃げている自分が幻で、とっくに首を撥ねられて死んでいる。
そんな風に思ってしまう。
実際、馬に乗っていた兵士が居たのだ。とっくに追いつかれていてもおかしくないのに。
耳を澄ましても、馬の駆ける音は聞こえない。
何度も、足を止めたいと思っても、心の何処かでローブ姿の男が言った『走り続けろ』と言う言葉が心に刺さって、無意識に足が動いている。
限界の超えた体で走っているからか、はたから見たら歩くより遅いかもしれない。
意識も朦朧としてきて、息が出来ない。
必死に呼吸して、走る。
後ろから足音が聞こえる。
馬じゃない。走ってる・・・何かあったんだ。
もしかしたら、あの人が足止めしてくれたのかな?でも、そうだったら大丈夫だったかな?
私の代わりにあの人が斬られたりしてないだろうか。
助けてくれたのかな?
でも、なんの役にも立たない見ず知らずの私を助けてくれるわけないか。
兵士の人はきっと私が逃げるのを見て嘲笑いたいだけだろう。だから、馬から降りて走って追いかけて来てるんだ。
苦しい、お腹が空いた。水が欲しい。
帰ったら・・・カレーが食べたい。お母さんがよく作ってくれたカレー。
空ちゃんとサバゲ―もしたいな。何度も誘われたけど『疲れるじゃん』て言って断ってたっけ。
お父さんにもちゃんと謝りたいな。喧嘩して、それで、謝る事も出来ずにこんな場所に来ちゃったから。
あぁ。多分、私はもう此処までだ。
死んだら、天国で皆に会えるかな?先に私が死んじゃうけど、でも会えるよねきっと。
―― 殴られたお腹が痛い。
必死で草木を掻き分けて走る。
ボロボロの布切れ一枚を羽織って。
―― 折られた右腕がズキズキ痛む。
夜の月明かりに照らされて、頬も内出血で膨れ上がっている。
後からは怒号が聞こえる。
―― 裸足で駆ける・・・何のために?
生きるため。
でも、もう駄目かもしれない。
痛みで頭がどうにかなりそうだ。
(お父さん、お母さんっ助けて!)
「あっぐぅ・・・はぁはぁっ」
うぅと嗚咽を漏らしながら涙で視界がぼやけて行く。もうダメだ・・・何のために私は走っているのかも分からなくなってきた。
楽になりたい。死んだら楽になれるのだろうか・・・もし、天国があるのなら、こんな世界からおさらばして、お父さんとお母さんに会いたい。
――後から聞こえる鎧の掠れる音が強く響く。
私を確実に殺しに来ている。
聞こえる怒号の中に笑い声が聞こえる。きっと笑いながら私を殺すのだろう。
ふと、死んだ私を凌辱する兵士達の幻影を思い浮かべる。
イヤだ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!
死にたくない!なんで、なんで私がこんな目に遭わないといけないの!?
絶対に間違ってる。
「はぁはぁっ・・げほっ。だ、誰かぁ!!た、たすけてっ!!」
助けなんてあるわけ無い。
そんな事わかってる!!わかってるけど、生きたい!
死にたくないっ。
(せめて・・・彼奴等だけは絶対に許さない)
こんな地獄の様な場所に呼び出され、奴隷に落とされて、許せるわけがない。
何回でも、何万回でも、絶対に殺してやる。
風切り音が響く。
「ああああっいだいッ!」
斬られた背中から血が噴き出す。
命が終わる。
それでも、生きたい・・だからっ!
ずりっずりっと這いつくばり、みっともなく生き足掻く。助かるわけないのに。
背後に立っている兵士が剣を振り下ろそうとしているのがわかる。
ケタケタと嗤いながら。
私の命を刈り取ろうと。
必死に手を伸ばす・・・もう助かるわけがないのに。
ふと温かい感触がした。
私の手を掴んで誰かが引っ張る幻想が見える。
「奴隷か?・・・ヒドイな、おいっ!誰か救護班を呼べ」
ボスっと何かに抱きとめられる。
上から響く温かい声が聞こえ、見上げるとボヤける視界で誰かが私を見ているのが分かった。
何人もの人達が此方にかけてくる。
後にいた私を殺そうとした兵士達が狼狽えているのが朦朧とした意識の中でハッキリと目に焼き付く。
「わかっているだろ?そこを超えたら、お前達を斬る」
(だれ?わたし・・・)
誰かが私に何かをしている。
温かい感覚がして、燃えるような痛みが柔いで行くのがわかる。
(温かい。死ぬのかな?わたし)
もしも死ぬのなら、願わくば――。




