四話 絶望少女の逃避行―4
移動し続けて疲れ果て。
村を見つけたのは、夕暮時だった。
どんだけ走ったか、歩いたか、全く分からないくらい必死に逃げ続け、山を越え下った先。
そこに村があった。
寂れた村だ。
でも、もしかしたら助けを求める事も出来るかもしれない。
最低でも、水と食料は欲しいと思ったが、それは叶わないと悟った。
茂みに隠れ、村を眺め、絶望する。
(奴隷だよね。あれ)
自分と同じ格好をした成人男性が、農作業をしている。
そして、それを眺める恰幅の良い農夫。
流石に、自分よりは待遇は良いだろうと思う。
それでも痩せて、疲れ果てた顔してひたすら畑を耕している。
―― この世界は皆あんな感じなの?ふざけてる。
ぐぅっと腹のなる音。
食料を恵んで貰えるかもと思ってしまったからか、余計に飢えが辛い。
(盗む?でも、そんな事出来ない)
只でさえ、自分は今、体中ボロボロなのだ。
それに、倫理観・・・というか、日本で真面目に育った自分の中に、盗みはダメな事だと語り掛けてくる。
(仕方ない。せめて、逃げる方角・・・帝国に向かう方面だけでも聞こう)
奴隷の恰好をしていても、流石に、女性とかなら教えてくれるかもしれない。
茂みを使って、慎重に隠れながら、見つからない様に、私は村の中に入った。
村に入った私は直ぐに、人当たりの良さそうな女性を見つける。
近寄り、目を見て「あの、少し聞いても良いですか?」と尋ねた。
訝し気に女性は私を見て、嫌そうな顔を浮かべる。
(お願い。逃げないで)
必死に心の中で願う私の願いが通じたのか、女性は嫌そうな顔をしながら「なに?」と短く返事を返してくれた。
助かった。
「実は聞きたい事があって。方角が分からないんです」
「方角?」
本当は帝国に向かう方法を聞きたかったけれど、いきなり聞いたら怪しまれるかもしれない。
そう感じて、言葉を濁してしまう。
でも、聞くしかない。いざとなったら逃げよう。
覚悟を決め、女性を見つめる。
「はい。実は帝国―――」「やっぱりここかぁ」
ゴッと鈍い音がして背中を殴られ吹き飛ぶ。
息が出来なっ・・・。
「神に感謝を捧げなければなあ」
蹲りながら顔を上げる。
――あぁ・・・此処までか。
絶望で目が曇る。
見上げた先には、数人の、嫌でも思い出してしまう見た事のある甲冑を身に纏った兵士が居た。
「セアド隊長、勘弁してくださいよぉ。傷だらけだと興奮出来ないんですよ自分」
「はっ。しらんなぁ。そもそも、コイツは既に殺害を許可されている。私が見つけた時点で私の玩具だ」
ニヤニヤと見下す金髪の兵士。
あの時の叶を思い起こさせる最低最悪の目だった。
「ひっ・・・わ、私は関係ないから!!」と言って駆けだす女性。
そうだよね。死にたくないもん。
既に、諦めかけている心を必死に繋ぎとめて立ち上がる。
「おぉ立ち上がったぞ!!人間の皮を被った害虫の癖に中々どうして、楽しめそうだ」
ケタケタと笑う兵士たち。
ナイフを隠していて良かった。一応バレてない。
逃げないと・・・逃げないとだけど。
「あ、隊長!そういや、この前やったアレなんてどうです?」
「あれ?・・・あぁそれも良いな」
遠巻きに私を見つめる村人達。面倒な奴が来たと言いたげな視線を向けて『さっさと死んでくれ』と言いたげだった。
「おい。そこの農夫」
「は、はい!何でしょうか騎士様」
ごますりしながら近寄る農夫に「馬を持ってこい」と告げる。
「さて、逃げても無駄だって事は分かってるよな?だから、死ぬ前に遊びに付き合え奴隷」
「・・・」
「だんまりかよ。苛立たしいな」
剣を抜き、近寄るセアドと呼ばれた兵士が、後ずさる自分の髪を掴み無理やり引っ張り起こす。
「い、いたいっ!!や、やめてっ」
「なんだよ。喋れるじゃんか・・・よっ!」
「ぐっ、げほっ」
剣の柄で腹を思い切り殴りつけられる。
痛みが引き始めていたお腹が、再度燃える様に痛む。
髪も無造作に引っ張られて、思わず涙と苦痛で顔がゆがむ。
それを見て笑う男。
―― なんでこんな痛い目に合わないと行けないんだ!!
初めて人を殺したいと思った。
こんな風に罪の無い人間を嬲り、笑いものにするコイツ等を絶対に殺したいと。
「なに睨んでる?お前まさか、俺達人間と奴隷が同列だとでも思ってるんじゃないだろうな?」
思い切り蹴り飛ばされる。ゴロゴロと転がり、蹴られた際に切れた咥内から血を垂らす。
(力が入らない)
蹲り、何とか立ち上がろうとする私を笑いものにする、兵士と村人たち。
そこに止めを刺すべくセアドは農夫が慌てて持ってきた馬に騎乗して、剣を高々と突き上げる。
「これより、神の裁きを実行する!!愚かな罪人に神罰を、我、セアドが執行しよう」
わぁああと盛り上がる村人と、便乗する兵士。
中にはビールを片手に、まるで余興を楽しむかの様に眺める者まで居る。
(地獄・・・ここは何ていう地獄なんだろうか)
助けてくれる大人も、優しい人もいない。きっと、苛めに合っている人はこんな気分なのだろうかと、死にかけている思考の中、やけに景色が遠く感じた。
味方なんてこの世にいないのだと。
ヨタヨタと生き足掻く。
痛みでどうにかなりそうな身体を必死に動かして走り出す。
生存本能だろうか。
走る速度は速いのに、周囲の景色はやけにゆっくりだ。
「「ははは!逃げろ逃げろ―!みっともない売女!!」」
馬が駆け出す音がする。
彼は私の首を落として「神罰だ」と宣うのだろう。
真っすぐ前を見て走る。
「ほら頑張れ奴隷」
だがあっという間に追いつき並走してきたセアドがわざとらしく手加減して剣を振るう。
「いっ!!」
かすり傷ではあるが、セアドの剣が腕を斬りつける。
血が垂れ、宙を舞う。
既に痛みの許容値など超えている優実は歯を食いしばり、前を向いて駆ける。それを見て、つまらなそうにしたセアドが「泣き叫べよつまらん」と宣う。
―― 来る。
兵士が汚物を見るような目で私を見下ろす。
私の命を斬り落とそうと振り下ろす。
「っ!」
甲高い金属音が鳴る。
とっさに私は懐に隠していたナイフを取り出して、受け止める。
かなりの衝撃で、そのまま吹き飛ぶ。
目を見開き愉快そうに嗤う兵士を無視して、私は慣性で飛ぶ身体を何とか立て直して、そのままの勢いで走り続ける。
(ざまぁ見ろ!)
足が動く。多分死を明確に悟ったからだと思うけど、過去一動ける。
痛みも超越して必死に走る。
「いいな!実に良いぞ!!」
直ぐに追いかけてくる。
馬と人とじゃどうやったって勝ち目が無いのは目に見えている――でも!それでも逃げるんだ!
諦めた顔をする奴隷の眼。
苛つく。ムカつく!!私は!
真っすぐ村の外に向かって走る先――また敵だ。
ローブを目深く被って――剣を片手に真っすぐ歩いてくる長身の人、多分男だろう。
兵士では無いにしても、私を見て笑い転げる農夫達を見れば、どうせ皆同じ敵だ。
すれ違いざまに斬られる。そう思いナイフを持ちながら駆ける。
目の前と後ろの敵の動きを最大限警戒して。
――「死にたく無ければ振り返らず真っすぐ全力で走り続けろ」
拍子抜けするほど簡単にすれ違う。
(今なんて?いや、考えている時間なんて無い)
先ほどの声を信じる訳では無いけれど、今は真っすぐ逃げるしかないんだ。
村の出口を抜ける。
おかしい―――追手が来ない。
馬が走ってくる音も聞こえない。
チャンスだ。
がむしゃらに、前だけを見て走り続ける。
―――アルカナ皇国200年7月11日 この日の奇跡が帝国と皇国の戦争の勝敗を決定づけた。




