第96話 見回りの二人
ペシエラの干渉で闘技場内が盛り上がる中、アイリスとニーズヘッグは一緒に学園内の警備にあたっていた。ニーズヘッグが異常がないかを調べ、同時にアイリスの髪飾りに取り付けられた魔石の録画魔法で状況を記録している。
いたって大真面目な作業なのだが、アイリスとともに行動しているとあって、ニーズヘッグは内心喜んでいるようである。
「特に怪しい行動を取る者は見当たらんな」
「事件を起こしたことのある私がいうのもなんですけど、何も起きないのが一番ですからね」
歩きながら、二人はちょくちょく会話をしている。
ちなみに二人の服装は、ニーズヘッグは執事服、アイリスは庶民向けに作られた標準型の学生服に身を包んでいる。何も知らない人から見れば、平民が生意気に執事を連れているように見えてしまう。
だが、そんな視線を向けられても、ニーズヘッグがちらりと視線を向ければ、相手はそそくさと立ち去ってしまう。さすがは厄災の暗龍、怖がらせるのは得意なようだ。
「それにしても、主はなにゆえ、あの二人に付き従う」
「父親に騙されて恐ろしい計画に手を貸してしまったのに、私はあの二人とロゼリア様に助けられたのよ。だから、その恩を返さなければならないの」
「……そうか。主は義理堅いのだな。そういうところも、ベルを思い起こさせる。だからこそ、我は手を貸したくなるというものだ」
「ニーズヘッグ……」
少し会話をすると、二人はしばらく黙り込んでしまった。
そのまま学園内を巡回しているアイリスとニーズヘッグは、学園の中庭辺りへとやって来る。
「あれっ、あれって確か……」
見たことのある紋章を掲げたお店を見つける。
それは、学園に通うブラッサとロイエール姉弟の実家であるドール商会の露店だった。さすが、自分の子どもを学園へと通わせるだけあって、学園祭においてもきっちりと出店しているようだ。
今回の出店は、商会で抱える駆け出しの職人たちの作ったアクセサリーが売られている。駆け出しの職人が作ったということで、正規の商品としては扱えないものばかりらしいのだが、見た目にはまったく分からない。それだけの品質のものがかなりの安値で出ているとあり、懐事情の厳しい学生たちには人気になっているようだ。
「主よ、ちょっと見に行くか?」
ニーズヘッグが声をかけるも、アイリスは首を横に振っていた。
「ダメよ。今あそこにいるのは前のクラスの男子たちだわ。変装前の私を知っているけれど、こちらの事情を知らない人たちだから、見られたらどうなるか分からないわ」
どうやら、店の前にたむろしているのは、アイリスが変装する前に所属していたクラスの学生たちらしい。髪色を変えて眼鏡もかけているとはいえど、人によってはそんなことも関係なく見抜いてくる。裏家業に手を染めていたこともあって、アイリスはかなり警戒しているようだ。
「下手に騒ぎを起こそうものなら、チェリシア様は笑ってすましてくれそうだけど、ペシエラ様だと確実に雷を落としてくるわ。ええ、近付かないことに越したことはないわね」
「ああ、あの時のチビか」
アイリスが表情を歪めると、ニーズヘッグはどこか納得したような表情になる。
「主がどこまで気が付いているかは知らぬが、あのチビはなかなかに面白い力を持っている。あの体に収まっているのが不思議なくらい、強大な力をな」
ニーズヘッグが笑っている。
かつて暴走した自分を止めた相手だけに、ニーズヘッグはペシエラにかなり興味を持っている。
アイリスだって、ペシエラには興味があるものの、ニーズヘッグのいっている言葉の意味が分からない。渋い顔をしたかと思えば、ドール商会の露店の方へと視線を戻す。
「雑談をしていてもしょうがないわね。引き続き警戒をしていましょう。お父様の性格からすると、どこから仕掛けてくるかまったく分からないから」
「というわりには、アイリスはあの店をずっと見ているな。気になるのか?」
「だ、誰がですか……」
ニーズヘッグの指摘に、アイリスは顔を背けてごまかそうとしている。その姿を見たニーズヘッグは、口元をにやつかせている。
そうかと思うと、ニーズヘッグは露店へと向けて歩いて行ってしまった。
「ちょ、ちょっと」
アイリスが止めようとするも、その時にはすでにニーズヘッグは露店の前に立っていた。
「ちょっと売り物を見させてもらうぞ」
ニーズヘッグがずいっと顔をのぞかせると、そこで売り物を見ていた学生を威嚇している。
人型になったとはいえど、ニーズヘッグの目つきはとにかく悪い。たむろっていた学生たちは怖くなって、店から立ち去ってしまう。
邪魔な学生がいなくなるや否や、ニーズヘッグはアイリスを呼んでいる。自分の人相の悪さを利用して、ニーズヘッグは人払いをしたのだ。
「もう、何をしているのよ……」
さすがにアイリスも呆れてしまう。
だが、ようやく露店に近付けるようになったので、アイリスはニーズヘッグの隣までやって来る。
アイリスはものすごく真剣な表情で売られているアクセサリーを見ている。その時、とあるアクセサリーに目が留まる。
「このペンダント、見せていただいてもいいですかね」
「ええ、どうぞ」
アイリスの質問を受けた販売員は、なぜか首をひねりながら、許可を出している。
アイリスの目を引いたペンダントは、無色の宝石のついた不思議な雰囲気を持つペンダントだった。不思議なほどに、アイリスはそのペンダントに引き込まれていっている。
「これを下さい」
「はい、銀貨五枚でございます」
装飾品の値段としては安いだろうが、銀貨五枚は庶民からすればずいぶんと値の張った買い物となる。
値段を聞いてちょっと戸惑いはしたものの、ペンダントの放つ魅力には敵わない。アイリスは結局そのペンダントを購入していた。
ペンダントは箱に入れられ、アイリスははこの状態で受け取る。制服のポケットにしまい込んだアイリスは、なぜか穏やかな表情を浮かべるのだった。




