第91話 つながりのベル
「ちょ、ちょっと待って下さい。契約とか言いますけれど、ちょっと、頭が……」
ニーズヘッグは契約する気満々のようだが、肝心のアイリスの方が混乱を極めている。
右手を前に差し出しながら、左手で頭を押さえている。
今回もいろんな情報が飛び出してきたのだ。蒼鱗魚の時以上に混乱してもしょうがないといえよう。
「仕方ありませんわね。アイリスの頭の整理がつくように、神獣使いについてももっと教えていただけませんこと?」
「むう、それならば仕方ないな」
様子を見かねたペシエラは、ニーズヘッグに更なる説明を求める。ベルの子孫であるアイリスのためならばと、ニーズヘッグはそれを受け入れている。
というわけで、ニーズヘッグは自分の覚えている限りの神獣使いについての情報を話すことにした。
ニーズヘッグによれば、神獣使いというのはその名の通り、神獣を呼び出して使役できる存在のことだという。
ただ、使役できる存在は何も神獣に限らず、幻獣や精霊、果ては魔物すらも使役できるのだという。
特にニーズヘッグが名を挙げたベル・フラウアードは、それは素晴らしい神獣使いだったそうな。
「なんといってもベルは可愛かったからな。そこのアイリスとかいう娘には、そのベルの面影が見て取れる。だからこそ、我はこうして不完全な状態ながらも姿を見せることにしたのだ」
「惚気話はいいですわ。さっさと話を続けて下さいませ」
「ぐっぬう……」
ペシエラに一蹴されてしまったニーズヘッグは、仕方なく話を再開させる。
そもそも神獣使いというのは表には出ることがなく、人間たちの記録の中には残っていないらしい。その存在を知っている者は、使役される神獣、幻獣、精霊たちだけなのだそうだ。
「我もなんだかんだでベルが子を成したところまでは知っておるのだが、それ以降は我は姿を隠したからな」
「失恋したから逃げたんじゃないか。何を言っているんだい、ニーズヘッグ」
「おい、話すな。精霊のくせに生意気な口を叩きおって」
怒るニーズヘッグに対して、レイニはけらけらとお腹を抱えて笑っている。
目の前で行われている二人のやり取りを見ながら、ペシエラは少しいらついてきている。
「おっと、そんな怖い顔をしないでおくれ。それはそうと、アイリスが持っている宝珠は、今もあるのかい?」
「は、はい。ここに持っています」
レイニから宝珠のありかを聞かれて、アイリスはエプロンのポケットから緑色の宝珠を取り出している。
その宝珠を見たニーズヘッグは、懐かしそうに眺めている。
「おお、ベルも使っていた宝珠だな。なくても大丈夫ではあったが、数を使役しようとすると、どうしても補助が必要になって作ったのだよ」
「そんな状況なんてありましたの?」
「一族は隠れ住んでおるし、我らを使役しようとするならば、なんらかの形で力を示す必要がある。ベルはその契約の際に使っておったな」
「なるほどですわね」
ペシエラは、ニーズヘッグの説明に納得がいく。つまり、その時に魔物を使役する力を宝珠で増幅させて、大量の魔物を操ることで納得させていたということなのだろう。
サファイア湖でケルピーを使役できたことにも、なんとなく納得がいくものだった。
ただ、当人が話を聞かされていなかった上に、うまく使いこなせなかった。ゆえに、これでは宝の持ち腐れ状態としか言いようがなかった。
ペシエラがそのことを話すと、ニーズヘッグは笑い、アイリスは顔を赤くして恥ずかしがっていた。
「それにしても、なぜ厄災の暗龍に?」
「うむ、それも話すと長くなる。できるだけ短くなるように話をしよう」
ペシエラがさらに質問を投げかける。ニーズヘッグがそんなことを言うものだから、二人揃って警戒をする。
「ベルが亡くなったショックだな。ただでさえ失恋を引きずっておったところにそんなことまで聞いたのだ。落ち込んでしまったら、瘴気にのまれていたのだ」
「情けないですわね」
「そういうな。今は、反省はしている」
「そうやって正気を失っている間に、アイリスは国家転覆の片棒を担がされましたのよ? 反省だけで済むと思ってますの?!」
「なんだと!? どこのバカだ、そんなことをさせたのは! ……八つ裂きにしてやらねばならんな」
アイリスの身に起きたことを話すと、ニーズヘッグは怒り狂っている。それだけ、ベルの一族に思い入れがあるということなのだろう。ペシエラはため息が止まらない。
「パープリア男爵という人物ですわ。今は証拠がないので野放しになっておりますけれど、いずれ正式に吊るし上げてやりますわよ」
「ぬうう、それは許せぬ。さあ、ベルの子孫よ、とっとと契約を済ませてしまうぞ」
「え、ええっ?!」
怒り心頭のニーズヘッグは、アイリスが戸惑うのも構わずに、強引に契約を行ってしまう。
その瞬間、アイリスの持っていた宝珠が姿を変え、宝珠と同じ色の宝石をつけたネックレスへと変化していた。
「これでいつでも我を呼び出せる。困った時にはいつでもその宝珠に願え。我が守ってやる」
「はい。あ、ありがとうございます……」
ネックレスを握りしめながらお礼を言うアイリスの姿を見たニーズヘッグは、実に満足そうに笑っているのだった。




