第9話 お城での会談
コーラル子爵を交えて行う会談の日がやってきた。
ところが、ロゼリアはその会場を聞いて驚いていた。
(国の魔法使いを動かすからもしやとも考えたけれど、実際にそうなると驚くしかないわね……)
ロゼリアの目の前にあったのは、なんとお城である。そう、会談の場所はお城の中だった。
ロゼリアは父親と一緒に城の中へと向けて歩いていく。その後ろには、ほぼ時を同じくして到着したコーラル子爵とチェリシアもついてきている。お城に不慣れなようで、チェリシアの動きはとてもぎこちないようだ。
逆行前のロゼリアが城を初めて訪れたのは、十一歳となった時。シルヴァノ王子の誕生会でのことだった。
この世界では、十歳未満では魔法を使うことはできず、十歳を迎えてから習い始める。そして、十歳から十三歳の間に大なり小なり魔法の才能が開花し、社交界デビューをする。ロゼリアは、そのタイミングで魔法を使えるようになったのだ。
稀に一桁の間でも魔法を使えることもあるが、その場合は十歳になるまで秘匿されるのが通例。つまり、婚約者などといった特殊な事情でもない限り、一桁の登城というのは異例なのである。
登城したロゼリアたちが通されたのは食堂である。どうやら食事をしながら話をするということであろう。先に通されたのはいいものの、ロゼリアたちは座ることができない。
「国王陛下並びに王太子殿下、宰相閣下のご入場であられる」
理由はこれである。
国王まで出てくるとは、ロゼリアは予想していなかったようだ。だが、話の内容を思えば、十分考えられたことである。考えごとに気を取られ過ぎていたゆえの、うっかりである。
頭を下げて挨拶をしながら、ロゼリアはちらりとチェリシアへと視線を向ける。予想通りというか、完全に青ざめて魂が抜けたかのような表情で立っていた。
しばらくすると、実に立派な衣装を身にまとった人物が入ってきた。
入ってきた順番に、クリアテス・アイヴォリー国王陛下、シルヴァノ・アイヴォリー王太子殿下、ブラウニル・マルーン公爵である。
三名が席に着くと、国王から声がかかり、ようやくロゼリアたちも着席する。
そして、国王が合図をすると、食事が運ばれて来ることとなった
「皆の者、よくぞ来てくれた。食事が揃うまでに、今回の招集について話をさせてもらおう」
国王の言葉に、ロゼリアはぐっと体を縮める。
「マゼンダ侯爵とコーラル子爵から申し入れのあった、塩についてだ」
やはり塩の話だった。正直なところ、これしか思い当たらないのだが、国王にまで届いているとは思わなかった。おそらくは、マゼンダ侯爵とコーラル子爵との間で、城に伝える際に国王の耳にまで届いたのだろう。
今回の肝は国の魔法使いが使えるかどうかということなのだから、当然といえば当然だった。
断罪の未来を回避するために緊張していたロゼリアは、どうやら失敗を恐れすぎてその辺りがすっぽり抜け落ちてしまっていたようである。
「さて、その塩の精製方法とやらを詳しく聞かせてもらえるかな?」
国王はロゼリアたちの方を見て問いかけてくる。その鋭い眼光に、ロゼリアはなんとか耐えたが、チェリシアは完全に涙目になりつつあった。
「はい。方法自体はいたって単純です。海水から岩塩と似た味の成分だけを魔法によって分離するのです。さすがに海水すべてというのは無理ですので、桶に汲み取ってから行います。塩が抜けた水はただの水となりますので、そのまま生活用水として活用というわけです」
「ふむ。それはどうやって思いついたのかな?」
「兵士や冒険者の中には、泥水から水を作り出すという話を聞いたことがありましたので、それを応用しようというわけなのです」
国王の質問にも、マゼンダ侯爵は堂々と答えていた。さすがはお父様だと、ロゼリアはとても感心している。
「このことに気が付いた時、海に面しているコーラル子爵領がちょうどよいと思い、子爵に声をかけた次第でございます」
発案者である人物の名前を伏せながら、ヴァミリオはすべてを言いきっていた。
ところが、国王たちはどうにもイメージができないらしく、その首をずっと傾げている。発言をしたヴァミリオもロゼリアの方を見ているようで、この場には具体的なイメージができていないようだ。
この場にいる人間でまともにイメージできるのは魔王のない世界から来たチェリシアと、そのチェリシアから話を聞かされたロゼリアだけ。この状況では、とても実行に移せそうになかった。
そんな中、いよいよ料理が運ばれてくる。
さすがは王族の料理というべき豪華さである。侯爵家のものとも比較にならない。子爵家の二人にいたっては黙り込んでしまっている。コーラル子爵家はかなり貧乏なので、なんとも分からなくもない話である。
場のなんともいえない空気の中で、ロゼリアはじっと料理を見つめている。
「ロゼリア、どうしたんだい?」
ヴァミリオが気になって声をかける中、ロゼリアは何を思ったのか、スープへと手をかざす。
次の瞬間、驚くべき光景が目の前に現れる。
「水が、浮いている……?」
そう、ロゼリアの目の前にあったスープの中から、水分だけが抜けてしまって空中に浮いているのである。お皿の中には、スープの他の成分だけが残っている。
「塩の精製方法とは、こういうことですわ」
「ロゼリア、魔法が使えたのか?!」
にこりと笑いながら、水を元に戻し、スープをかき混ぜているロゼリア。そのロゼリアに対して、ヴァミリオが声を荒げている。
「夜中にこっそりと練習しましたわ」
嘘である。
未来から死に戻りをしてきたロゼリアは、十九歳までに身につけたすべてを持って戻ってきたのだ。それは、記憶だけではなく魔法もというわけである。だから、八歳の身でありながら、魔法も使えるというわけだ。
さすがにこの状況には、マルーン公爵が驚きのあまり責め立ててくる。
「なるほどな。どおりで、八歳の娘を同席させるわけだ。となると、この方法、思いついたのはマゼンダ侯爵令嬢とコーラル子爵令嬢の二人というわけだな」
隣で静かにしていた国王の言葉に、ロゼリアとチェリシアはドキリとする。なぜわかったのという反応だ。
「へ、陛下、まさかそんな……」
声を荒げていたマルーン公爵たちが、疑いの表情を浮かべている。
しかし、国王は確信しているようでまったく表情を変えなかった。
「実に面白い。ここにシルヴァノを連れてきて正解だったと思うぞ」
「国王陛下、それはどのような意味でしょうか」
「ロゼリア・マゼンダ侯爵令嬢、チェリシア・コーラル子爵令嬢。二人をシルヴァノの婚約者候補とさせてもらうぞ」
「え、ええーっ!?」
予想もしていなかった事態に、ロゼリアたちの叫び声が食堂にこだまする。
とんでもない王命が下ったものである。




