第10話 コーラル子爵領へ
婚約者候補にされるという爆弾発言を受けたロゼリアとチェリシアは、その時の食事の味をまったく覚えていなかった。
ショックを受けたのは二人の父親も同様で、あまりの事態にずっと頭を悩ませ続けていた。
無事に会談を終わらせて、ロゼリアは父親と一緒に馬車に乗って帰宅の途に就く。
その最中、ロゼリアは父親であるヴァミリオから告げられる。
「明日は再び城へと向かい、コーラル子爵領へと向かわねばならない。当然ながら、ロゼリア、お前も一緒だ」
「はい、お父様、分かっておりますわ」
命令同然の口調ではあったが、ロゼリアは凛とした態度でしっかりと返事をしていた。
ところが、この時、ロゼリアの心の中では安心と不安とが複雑に絡み合っていた。
安心の理由は、八歳で魔法が使えていたにもかかわらず、国王をはじめとした周囲の人物が誰も追及してこなかったことだ。
魔法自体は十歳未満でも発露することもあるために、そこまで問題視をしなかったのだろう。
不安の方の理由は、当然ながらシルヴァノ王子の婚約者候補にされたことだ。なにせ逆行前は、チェリシアと組んで断罪してきた相手である。できることなら関わりは少なくしたかったのだ。
ところが、婚約者候補になったことで、否応なしに顔を合わせる機会が増えてしまう。今回はチェリシアとは仲良くなったことで、その関係がこじれかねないのではないかと心配しているのだ。
屋敷に戻ったロゼリアは、侍女であるシアンのお出迎えを受けて父親と別行動となる。
部屋へと戻り、ひとまず心を落ち着けようと椅子へと座る。まったくとんでもないことになったものだと、大きなため息をついた。
「お嬢様、いかがなされたのですか」
さすがに侍女の前で盛大なため息となれば心配されてしまった。
隠して心配されるよりは、さっさとしゃべってしまった方がいいと考えたロゼリアは、お城で何があったのかをすべて話す。どうせシアンは同行することになるのだから。
すべてを聞いたシアンは、意外にもとても落ち着いた様子だった。
「それはまた、ずいぶんと急なお話でございますね。承知致しました、すぐに準備を行います」
コーラル子爵領へと出向くとの話を聞いたシアンは、部屋を出ていく。
一人となったロゼリアは、自分の机に置かれた分厚い紙の束に手を伸ばす。これは、先日チェリシアから渡された乙女ゲームについての情報について記されたメモである。
乙女ゲームは攻略対象が六人いて、それぞれにマルチエンディングが採用されている。そのために、すべてを書き出すとこのように分厚くなってしまったというわけだ。
ロゼリアがこの冊子に手を伸ばした理由は、今回のことがどのくらいシナリオへと影響を与えるのか確認するためだ。
ところが、チェリシアから渡されたメモには八歳の時のことは一切書かれていなかった。となると、この時代のことはシナリオには影響しないということなのかもしれない。ちょっとだけ安心したロゼリアだった。
分厚い本に集中していては、明日の準備が間に合わない。ほどほどなところで冊子から手を離したロゼリアは、自分の方でも視察に向けた準備を始める。
ほどなくして、シアンが部屋へと戻ってくる。二人でしばらく準備にいそしんでいると、別の使用人がロゼリアを呼びにやってきた。
「お嬢様、お食事の時間でございます」
「ええ、すぐに行くわ」
食事ということで、ロゼリアは一度手を止める。
「ごめんなさいね、シアン」
「このくらい平気でございます。残りの作業は私にお任せ下さい」
「お願いするわ」
申し訳なく思いながらも、ロゼリアは食堂へと向かっていく。
一人部屋に残り、シアンは荷造りを再開させる。
「お嬢様。このシアンが必ずやお守りいたします」
ぽつりと呟いたシアンは、黙々と作業を続けたのだった。
翌日、お城へと出向く。そこでロゼリアが見たものは、王家の立派な馬車とたくさんの護衛の兵士と、王家お抱えの魔法使いたちの姿だった。
いやはやまさかこれだけの人数が揃えられとは思ってはいなかったので、ロゼリアもチェリシアもびっくりである。
「やあ、ロゼリア嬢、チェリシア嬢。おはよう」
「おはようございます、シルヴァノ殿下」
「お、おはようございます」
王家から出向く集団に驚いていると、シルヴァノがやってきてロゼリアたちに声をかけてきた。
びっくりさせられたものの、二人ともきちんと挨拶をしている。チェリシアに関してはちょっと不安だったものの、マゼンダ侯爵家で受けた教育の成果がきちんと出ているようである。
「残念ながら陛下はついてこられませんが、宰相である私がご同行させていただきます。さあ、すぐにでもコーラル子爵領へと向かいましょう」
シルヴァノとマルーン公爵が加わり、一行はコーラル子爵領へと出発する。
向かう先はコーラル子爵領の海に面した街シェリア。
コーラル子爵領の経済状況の改善に向けた第一弾の重要な任務だ。なにがなんでも成功させようと、ロゼリアとチェリシアはそれぞれに気合いを入れてお城を出発したのだった。




