第89話 奇跡の湖の浮島にて
ロゼリアたちに近付いてきた光は、突如としてパンと弾ける。
「やあ、久しぶりだね」
光は小さな人型へと変化する。そう、この奇跡の湖に住む精霊のレイニだ。
「レイニッ!」
チェリシアが思わず叫んでしまう。
その声を聞きつけたプラティナたちが、こぞってレイニの姿を見るために集まってくる。
「こ、これは……?」
「やあ、これは珍しい客人だね。ボクはレイニ、この湖に住む光と水の精霊さ」
「これが精霊……。初めて見ました」
レイニが自己紹介をすると、プラティナやブラッサなど、精霊を初めて見る面々が興味津々に眺めている。
背中には羽が生えており、宙にふわふわと浮いている姿は、今まで見たことがないからだ。
「さて、悪いけれどボクからの用件を手短に話すよ」
みんなが見つめている中、レイニはマイペースに話を進めていく。こういう気ままさが、精霊というものなのだ。
ちらちらとレイニはロゼリアたちを確認すると、目的の人物を見つけたようでそっと近づいていく。
「うん、君だね。変なピンク色の眼鏡をかけた子」
「えっ、私?!」
レイニから指名されて、アイリスは目を白黒とさせている。出会ったばかりの精霊にいきなり直接の指名を受ければ、誰だって驚くというもの。
そうかと思えば、レイニはペシエラの方へと顔を向ける。
「ペシエラだったっけかな。君もおいで。あちらさんからのご指名だからね」
「なぜわたくしまで。それに、あちらさんてどなたのかしら」
「会えばわかるよ。ロゼリアやチェリシアたちは、湖でも堪能しててちょうだいね。さぁ、行くよ」
ペシエラたちの反応をまったく気に留める様子もなく、レイニはさっさと移動を始めてしまった。このままでは置いていかれてしまうので、ペシエラはロゼリアに簡単にお願いをしておいた。
プラティナたちのことと、チェリシアが変なことをしないかよく見張っているようにということを。
レイニが湖を渡って移動しているのを見つけたペシエラは、エアリアルソーサーを発動して、アイリスと一緒に追いかける。
二人の目の前に見えてきたのは、湖の中央付近に浮かぶ小島。この島の下側は湖のどこの地面ともつながっていない。文字通りの浮島である。
「こんなところまで連れてきて、一体何があるというのです、レイニ」
浮島に降り立ったペシエラが問いかけている。ペシエラたちの前方で前を向いたままのレイニは、唐突に振り返る。
「まったく、精霊についてくるなんで、愚かだと思うんだけどな。ボクだからいいけれど、他の精霊だったら分からないよ?」
バカにしたような口調で、悪い顔をして笑っている。
頭にきたペシエラは、魔法を発動させようと右手に魔力を集中させている。
「はははっ、血の気が多いね、ペシエラは。うん、やっぱり彼のいう通り、君も招いて正解だったね」
「彼?」
よく分からないことを言うので、ペシエラが首を傾げている。
その時だった。レイニの隣にどす黒い瘴気が集まり始めた。瘴気を見たペシエラは、三年前を思い出して身構えている。
「おっと、警戒しないでくれ。これがさっき言っていた彼さ。なにやら気配を感じったらしくて、それで君たちを呼んだんだ。もちろん、本命はそっちの眼鏡の子」
レイニはペシエラを牽制しながら、アイリスを指差している。
「ボクは光と水の精霊だから、サファイア湖で起きたことは把握しているよ。そのことを彼に話したら、ぜひとも呼んでくれとせがんでね。君たちからこっちに来てくれたおかげで、こんなに早く願いが叶うとはね」
レイニがそう言うと同時に、瘴気は段々と形を変え始めている。
「もう待ちきれないようだね。出ておいで、ニーズヘッグ!」
騒がしく揺れる瘴気を見たレイニは、大きな声で名前を呼ぶ。それと同時に、集まってきた瘴気は本格的にとある姿へと変化し始めた。その姿は、ペシエラにとってはとても見覚えのあるものだった。
「厄災の、暗龍……?」
三年前の今いる場所で起きた魔物氾濫。その際に、不完全ながらに顕現してみせた厄災の暗龍が、今目の前に再び現れた。
「その通り。三年前はちょっとした事故で不完全な形で現れたよね。まったく、瘴気を食らう龍が、逆に瘴気にのまれるとか、ほんっと笑えないんだけど」
そう言いながらも、レイニはお腹を抱えて笑っている。
レイニの態度には腹立たしい厄災の暗龍だが、実際その通りだったので、言い返せないでいる。
だが、禍々しい容姿で震えられていると、アイリスにとっては恐怖そのもの。怖くなったアイリスはペシエラの後ろに隠れてしまっている。
アイリスが隠れてしまった姿を見て、厄災の暗龍はどういうわけかおろおろとし始めてしまう。情けない姿に、レイニは厄災の暗龍の背中を思いっきり叩いている。
檄を入れられたことで、厄災の暗龍はどうにか落ち着きを取り戻し、ペシエラの方へと視線を向けている。
「久しいな、我の暴走を止めた人間よ。我はニーズヘッグ。幻獣ニーズヘッグだ」
しっかりとペシエラの顔を見ているニーズヘッグは、見た目とは裏腹にとても丁寧に挨拶をしている。
ペシエラから視線を外したニーズヘッグは、その後ろに隠れているアイリスをしっかりと見つめている。アイリスはずっと怖がったままであり、ニーズヘッグは少々心を痛めているようだ。
だが、ここはきちんと話をしておくべきだろうと、改めて堂々と構え直し、こう言い放った。
「我はずっと待っていたのだ。再び我を使役することのできる人間が現れる時を」




