第88話 懐かしのカイス
シェリアの将来についてもいろいろ話をしたこともあり、伯爵邸の使用人やシェリアの関係者たちに見送られながら、ロゼリアたちは次の目的地であるカイスに向けて移動を開始する。
エアリアルソーサーによる移動はとにかく快適のひと言だ。馬車とは違い、まったく揺れないという快適さ。それに、周囲はよく見えるというのに、雨や飛来物が当たる危険性がないというのも素晴らしい。すっかりプラティナたちはとりこになっていた。
上空すぎることで、たまに空飛ぶ魔物たちに襲撃されることはあった。それでもロゼリアの魔法などであっという間に撃退されていっていた。
いよいよ、カイスに向かう道でもっともの難所である上り坂だ。切り立った崖のような場所があり、馬車の場合はそこを少しずつ乗りながら進んでいく。そのため、複雑な経路を進んでいくことになり、シェリアからカイスの間は距離は大したことがないのに、日数がかかってしまう。
ところが、エアリアルソーサーの場合、そんなことは一切関係ない。地形を無視して直進できてしまう。
こうして、本来は十日かかる道のりを一日半にまで短縮してしまっていた。
久しぶりにやってきたカイスは、昔のような寂れた村ではなかった。
今では村の周囲に柵が立っており、三か所ほどの出入り口が設けられている。
村に到着すれば、門番から気さくに声をかけられている。昔のようにどんよりと沈んだ顔ではなく、本当に心から笑うような笑顔だ。
チェリシアが十歳の時に発生した魔物氾濫を鎮めた後、近くにあったくぼ地は湖となった。そこに住んでいた精霊の恩恵によって、カイスを襲う災害から人々や土地は守られるようになった。
今では、緑のあふれる場所と化しており、様々な作物が育てられている。
村長に迎えられた後の歓迎の宴で出された料理を見れば、今のカイスの状況がさらによく分かる。
「こ、これが万年不毛と呼ばれたコーラル伯爵領ですか?」
「こんな豊かな場所、見たことありませんよ」
プラティナたちは驚きを隠せなかった。
情報は回ってきていても、実際には向かうことのない場所なのだ。自分の目で実際に見てみて初めて実感できるというものである。
だが、食事だけで驚かれては困るというもの。
チェリシアはみんなの様子を見ながら、翌日の案内を楽しみにしていた。
夜が明けると、カイスの村の中を実際に見て回る。
三年前では見られなかった、村の子どもたちが元気にはしゃぐ様子が今ではあちこちで見られる。
畑へとやってきた一行は、その状況を見て回っている。そんな中、チェリシアがとあるものを発見していた。畑で働く村人に確認したチェリシアは、その畑の作物をいくつかもぎ取っている。
「ペシエラ、ここからの案内は任せますよ」
「ちょっと、お姉様?!」
何かを手に入れたチェリシアは、村の視察の案内をペシエラに任せて、自分はどこかへと言ってしまった。
相変わらず自由なチェリシアに、元はチェリシアだったペシエラは困り果てた顔を見せている。とはいえ、任されたからにはやるしかない。ペシエラは何事もなかったかのように、チェリシアの後の案内を行っている。
その案内の間、ドール商会のブラッサはずっと目を光らせっぱなしだった。さすがは王都一の商会といったところだろう。今ではマゼンダ商会と拮抗しているので、王都一トは厳密に言い難くはなったが。
そのブラッサの目は、食材はもちろんのこと、植物のツルやそこらに生えている木などにも向けられている。さすがというところだろう。
案内を続けていると、空の光はかなり高い位置まで昇っている。畑の近くにある小屋の中で、ペシエラたちは食事を取ることとなった。
「お待たせ~っ!」
ちょうど休憩時間になった時、チェリシアが小屋のところへと走ってくる。その手には鍋を持っている。
どこかに行ったかと思ったら、どうやら何かを作ってきたようだ。
「お姉様、その赤いものは?」
「これはケチャップっていって、トマトを潰したものに、塩と酢と砂糖、それとみじん切りにした玉ねぎを加えて煮詰めたものよ」
トマトに玉ねぎと聞いて、思わずそろいもそろって顔をしかめてしまう。生食で食べるにはどちらも苦手にしている人が多いので、しょうがない反応だ。
村人が作った料理が運ばれてくる中、チェリシアは自分の持っている鍋に入っているケチャップとやらを使った調理を始める。
収納空間からフォレストバードの肉を取り出すと細かくしたものを炒めて、鍋に入ったケチャップを投入して混ぜ合わせていく。
でき上がったのはフォレストバードのケチャップ炒め。
見た目にはおいしそうに見えるものの、トマトと玉ねぎと聞いたせいで、みんなあんまり手が伸びない。
だが、チェリシアがパクパクと食べている様子を見て、全員覚悟を決めたようだった。
「あ、おいしい」
口に入れてみれば、くさみや酸味などはまったくなく、普通に食べられた。
さっきまでとは打って変わって口に運んでいく様子を見て、チェリシアはとても満足そうだ。そのせいか、その後はケチャップについてやたら饒舌に語っていた。
チェリシアの暴走っぷりに呆れさせられるのはいつものこと。
そのチェリシアの暴走をやり過ごし、無事に食事を終えたチェリシアたちは、お昼からは水源となっている湖に向かうことになる。
奇跡の湖と呼ばれる、カイスの村の潤沢な水源。
足を運んだロゼリアたちの前に、ひとつの光がゆっくりと近付いてくるのだった。




