第81話 幻獣と神獣使い
蒼鱗魚にじっと見つめられて、アイリスは困惑している。
自分が見られていることもそうだが、目の前に巨大な魚の顔があるのだ。これで困惑しない方がおかしな話である。
「ふむ、この変わったピンク色の髪の子は、なんとも懐かしい感じがするねぇ」
「えっ」
蒼鱗魚の言葉がどういう意味なのか分からないので、アイリスはたじろぐばかりである。
一方で、チェリシアとペシエラは、変わったピンク色という言葉に驚かされている。蒼鱗魚は、色を認識しているということだ。なるほど、ただの巨大な魚ではないというわけだ。
「君たちに問おう」
「なんでしょうか」
蒼鱗魚が語りかけた言葉に、ペシエラが反応する。こういう時、一番度胸があるのがペシエラなのだ。さすがは死線を潜り抜けてきた経験がものをいうというもの。
「君たちは、動物や魔物以外にも、精霊や幻獣、それや神獣がいるということは知っているかな?」
唐突に出てきたファンタジーな単語の数々に、チェリシアが少し興奮してきている。見ていられないペシエラが、姉を諫めている。
「初耳ですわね。ただ、精霊だけはお会いしたことがございますわ」
「私も初めて聞きます。ただ、蒼鱗魚たちは伝説の生き物とは聞いております」
ペシエラとアイリスがそれぞれに答えている。
「そうかい。まあ、伝説というのは、あながち間違っておらんね」
アイリスの言葉を否定はしていない。そうかと思えば、蒼鱗魚は一度逸らした視線を再びアイリスの方へと向ける。
「私らの正体は幻獣というやつさね。そして、そっちの変わったピンクの髪の子は、神獣や幻獣を使役する能力を持っているのさ」
「ま、まさか、これのせい?」
蒼鱗魚に言われたアイリスは、チェリシアとペシエラに頼んで、預かってもらっていた宝珠を出してもらう。
宝珠を受け取ると、アイリスは蒼鱗魚の前にそれを差し出している。
「おお、懐かしいねえ。確かに、この緑色の宝珠には魔物などを使役をする能力がある。だが、あんたはそれがなくても問題ないのさ。その宝珠は、その能力を補助し、増幅させるためのものさ」
「こ、この宝珠にそんな力が……。でも、私にそんな力なんて……」
説明を聞いたアイリスは、信じられないという感じで蒼鱗魚に訴えている。自分自身は父親にとって無価値な存在だと本気で思っているからだ。
だが、幻獣である蒼鱗魚たちにとって、そんなものはまったく関係ない。
「ことはあるべきところに収まるべきなのだよ。君の手に渡ったというのは、君の手にあるべきことということなのだ。さあ、手を出してみなさい」
「えっ。こ、こう……?」
手を出すように言われ、アイリスはおそるおそる目の前へと右手を伸ばす。差し出された手に蒼鱗魚たちが順番に口をつけると、まばゆいばかりの光が放たれる。
「ま、まぶしい……っ!」
「すごい明るさね。これじゃ地上にも漏れてそうな光だわ」
目を開けていられないくらいの明るさに、三人とも思わず目を閉じてしまう。
おそるおそる再びを目を開けた時、そこにはあの巨大な蒼鱗魚たちの姿はなかった。
「えっ、一体……どうなったの?」
あれだけの巨体が突然消えてしまったので、アイリスは慌ててきょろきょろ周りへと目を向けている。
「アイリスさん、手の甲を見て!」
その様子を後ろで見ていたチェリシアが叫ぶ。その言葉通りに、アイリスが自分の右手の甲を見ると、一対の魚の青色の模様が、手の甲に浮かび上がっていた。
あまりにも唐突なことに、チェリシアとペシエラは首を捻ってしまっている。
対照的に、アイリスはその模様を見た瞬間に落ち着いてしまった。
(そっか、これって……)
すっと、右手を再び伸ばすと、アイリスはぽつりとつぶやく。
「召喚、蒼鱗魚」
つぶやきの声に反応して、右手の甲の模様が光り輝き、蒼鱗魚たちが再び姿を現した。
「ふむ。やはり嬢ちゃんは失われた神獣使いの子孫のようじゃな」
「そのようですねぇ。ああ、懐かしいですねぇ、あんた」
蒼鱗魚たちはなんだかとても嬉しそうにしている。
「えっと……。な、なんなんですか、その神獣使いって」
「嬢ちゃん、今、召喚の言葉が頭に浮かんできたろう?」
「え、ええ……。確かに、そうですけれど」
アイリスの質問を無視して、蒼鱗魚は確認の質問を投げかけてくる。
確かに、誰に教えられてもいないのに、自然と言葉が浮かんできた。このことにはアイリス本人が一番不思議に感じている。
「神獣使いというのは、わしら幻獣や、その高位にあたる神獣、果ては精霊や魔物などとも心を通わせられる者のこと。嬢ちゃんはかつて存在した、その人物の血を引いておるのだよ」
「詳しいことは、まだ教えるには早いでしょうね。私たちはここにいるから、困った時にはいつでも呼び出しなさい」
「……はい、ありがとうございます」
優しい言葉をかけられて、アイリスはぎゅっと右手を握りしめながら言葉を詰まらせていた。
その様子を後ろで眺めていたチェリシアたち。
「お姉様、これって、ゲームのイベントとやらにはありませんでしたわよね」
「あるわけないでしょ。アイリスさんは、あの時のイベントで本来は死んでしまっているわけだし……。それに、神獣や幻獣はゲームには出てこなかったわ。もう、どうなっているのよ……」
腕を組んでいるペシエラに対して、チェリシアは頭を抱えて動揺している。
もう、完全にゲームとも逆行前の世界とも独立した時間軸を進み始めている。
そもそも、ペシエラという人物が誕生した時点でおかしいのだが、ゲームでは聞いたことのない単語がたくさん出てきたことで、チェリシアはパンク寸前になっているのだ。
「今後、何が起こるか分かりませんから、本当に気が抜けませんわね、お姉様」
「そ、そうね。戻ったらロゼリアと相談して、対策を考えなくちゃ……」
感動しているアイリスの後ろで、コーラル姉妹は言い知れない不安を抱えて様子を見守っているのだった。




