第78話 調査開始
国王と女王への報告も終わった翌日のこと、チェリシアとペシエラはアイリスを連れてサファイア湖へと向かっている。ロゼリアは、マゼンダ商会など王都でのことを任されたためにお留守番である。
さて、二人がアイリスを連れてサファイア湖に向かう理由は、教官たちの供述にあった湖に沈められた宝珠の捜索。湖の中に沈んでいれば害はないかもしれないが、今回の魔物の襲撃の重要な証拠だ。回収しておく必要があるというわけである。
事件からは十日くらいなので、サファイア湖のことを考えれば、堆積も大したものではないだろう。おそらくはすぐに見つかるはずである。
サファイア湖へと向かうアイリスだが、メイド服がマゼンダ侯爵家のものからコーラル伯爵家のものに変わっていた。
王都へ戻る間、目立たないようにと変装した上でシアンの持っているメイド服を着ていたのだが、正式にコーラル伯爵家のメイドとなったことで服を着替えたのである。
そのアイリスは、サファイア湖へと向かう交通手段に度肝を抜かれていた。
それは、チェリシアが使うエアリアルソーサー。風魔法のこんな使い方は知らないし、馬車で七日間もかかった道のりを、地形を無視して二日で着いてしまったのだから、驚いて当然なのである。
「私が勝てない理由がよく分かったわ……」
とんでもない魔法を目の前で見せられたアイリスは、すっかり意気消沈している。
そこへ、ペシエラから容赦なく質問が飛んでくる。
「アイリス、あなたの技能を教えてもらえるかしら。魔法はあんまり得意そうには思えないですけれど」
魔法は得意ではないという言葉に、アイリスは少しムッとする。事実ではあるのだが、はっきり言われるとカチンときたというわけだ。
「ご指摘の通り、魔法は得意ではないですよ。一応、色仕掛けと暗器の扱いくらいですかね。あと、薬学を少々かじりましたけど、あんまりわからないですね」
「薬学……。つまり、パープリア男爵家では、薬や毒といった類が扱えるということなのかしら」
「お父様や一部の使用人が扱えるとは聞いています。ちなみにお母様やお兄様は、一切かかわっていませんよ。私はお父様の血を引いた女性だからということで、手伝わされたって感じですけど」
「なるほどね……」
質問に詳しく答えるアイリス。その話を聞いて、ペシエラは逆行前のヴィオレスの行動にいろいろと合点がいった。
家のやっていることに関わっていたのなら、妹が死んだからといって、そう簡単に家を出ていけるわけがない。父親の態度に嫌気がさして飛び出したと考えれば、王国騎士に志願した行動にもつじつまが合う。そう、父親への意趣返しというわけだ。
さて、現在地はサファイア湖の近くだ。もちろん、アクアマリン子爵家の目から届かないようにと、合宿のあった別荘からは遠い位置に降り立っている。
そろそろ日も暮れて夜が近付くということで、今日はここで休むことにした。
そんなわけで、チェリシアとペシエラの二人は、そろって収納空間から物を取り出している。
「な、なんなのよ、それは!」
何も知らないアイリスが騒ぎ始めている。
「収納魔法よ。お姉様は収納空間と呼んでらっしゃいますけれど」
「そうそう。魔力で袋のような空間を作り出して、そこにものをしまい込むの。荷物を全部放り込めるから、ものすごく便利なのよ」
騒がれてもコーラル家の二人はまったくもって動じていない。淡々と答えながら野営の準備を始めている。
「し、信じられない……。それで荷物がまったくなかったのね。でも、こんな魔法、扱える人間なんているわけないでしょ。どんだけ規格外なのよ……」
アイリスは二人を指差しながら、震えながら愚痴のようなものをこぼしている。
「アイリス。今のあなたは平民で使用人。言葉遣いには気をつけなさい。わたくしたちだけですから不問としますけれど、他の人がいたら、分かりますわよね?」
「も、申し訳ございません」
ペシエラがひと睨みしながら諭せば、アイリスは素直に謝罪している。その様子を見ながら、チェリシアは笑っている。
「まったく、お姉様はもう少し貴族としての自覚を持って下さいませ」
笑うチェリシアに文句を言いながら、ペシエラは収納空間から剣を取り出す。
「アイリス、まだ日が暮れるまで時間がありますから、少し稽古をしましょう。相手のことを考えれば、どのような危険があるか分かりませんから」
顔の前でしっかりと剣を構えるペシエラを見て、アイリスはその申し出に対する返事を態度で示す。
スカートの中に隠し持っていた短剣を取り出したのだ。
「へえ、暗器の扱いができるとは言っていましたけれど、実に無駄のない動きで取り出しましたわね。相当鍛練を積んできたことが見て取れますわ」
アイリスの動きに感心したペシエラは、チェリシアへと視線を向ける。
「お姉様、アイリスをちょっと鍛えてきますので、野営の設営はお任せしますわ」
「了解。あんまり無理はしないでね」
ペシエラに頼まれたチェリシアは、やる気を見せて天幕などの設営に精を出している。
チェリシアから少し距離を取ったペシエラとアイリスは、互いの武器を構えてじりじりとにらみ合う。
ペシエラによるアイリスの稽古は、あたりが暗くなるまで続けられた。
単純な剣の技術だけでも、アイリスはまったくペシエラに敵わなかったようで、悔しがるアイリスの声が湖に響き渡るのだった。




