第76話 アイリス変身
一日の移動を終え、アクアマリン子爵領ない最後の夜を迎える。
関所近くにある野営ポイントで、学生たちは二度目の野営を過ごしている。
そこでは、ペシエラがアイリスとガレンを伴って、シルヴァノとペイルの元を訪れた。ガレンが付き添っているのは、まあ保険である。
二人に対し、アイリスは魔物の襲撃について、いろいろと詳細なことを証言している。
父親であるパープリア男爵からの命令で、宝珠を渡されて使ったことは認めていたが、ガレンが捕らえた教授たちのことは知らなかったようだ。
ということは、ますますアイリスは男爵によって使い捨ての駒にされたことは濃厚だろう。
ちなみにだが、その二人の教官もあいまいな供述をしているらしく、なんらかの形で協力をさせられた疑いが強い。
「なるほどな。なんともあいまいな供述が多いから、パープリア男爵に詰め寄ったところで、のらりくらりと躱される危険性は高いですね」
シルヴァノは、状況をまとめてそのように推測している。
「ええ。今回のアイリスの反応を見る限り、証言も妄言として認めようとしない可能性はあるでしょう。もっとしっかりとした証拠を突きつけないことには、問い詰めるのは難しいと思いますわ」
「そんな……」
ペシエラの推測を聞いて、アイリスはショックを隠し切れない。
「シルヴァノだが、この俺も巻き込もうとしたんだ。なんとしてもとっちめねえとな。策はあるのか?」
ペイルがペシエラに確認をするが、ペシエラは首を横に振るばかりである。
「あと、これは黙っていたのですが」
「まだ何かあんのかよ」
「ええ。往路の際、ここに立ち寄った時に、何者かが魔物をけしかけたようです。わたくしがすべて倒しましたので、被害はありませんでしたが」
「マジか?!」
「それは、私が確認しています」
ペシエラから追加で聞いた話を聞いて、シルヴァノたちは驚きを隠せない。もちろん、アイリスもだ。
だが、当日にペシエラから話を聞いていたガレンは、こくりと頷いている。
「その時に魔物をけしかけた人物は、アイリスでも二人の教官でもありません。かなり遠くにおりましたし、すぐに気配を消しましたからね」
「なんということだ……」
「そんな……、私、本当に要らない子だったの?」
ペイルは表情を歪ませ、アイリスは自分抜きでも作戦を実行する気だった話を聞いて、がくがくと体を震わせている。
「シルヴァノ殿下。アイリスはわたくしとお姉様の共通の侍女として引き取りますわ。ですので、アイリス・パープリアは、魔物の襲撃で死亡したと公表いただけませんでしょうかしら」
アイリスに一度視線を向けたペシエラは、シルヴァノにそう提案する。
ペシエラの提案を、シルヴァノは二つ返事で了承する。
「君には何か思うところがあるみたいだから、アイリス嬢の身柄は君に預けよう」
「ありがとう存じます、シルヴァノ殿下」
予定通り、アイリスの身柄を引き受けることに成功したペシエラは、心の中で安堵する。
「えっと、ペシエラ様。私は……」
「今からあなたはただのアイリスよ。私とお姉様の侍女である間は、身の安全は保障いたしますわ」
おそるおそるペシエラに声をかけたアイリス。ペシエラから安全を聞かされて、ほっとしている。
だが、簡単に安心されては困るというもの。なにせ髪色などはそのままなのだ。このままでは、裏切り者としてパープリア男爵に追われる可能性が十分ある。
「髪色を変化させましょう。わたくしたち、コーラル伯爵家の色に」
そういうと、水魔法と土魔法の複合で、アイリスの髪色を変化させていく。
アイリスの髪の毛は、元々の薄紫からチェリシアやペシエラと近いピンク色へと変わっていく。一瞬で髪色を変えてしまったペシエラの魔法に、シルヴァノたちが驚いている。
「驚きましたね……」
「こんな髪色って、あっさり変えられるものなのか?」
「魔法ですからね。大抵のことは可能ですわよ」
王子二人の驚きに対して、ペシエラはちょっと意地悪に笑っている。
さらに、土魔法を使って妙な物体を作り出す。それは、輪っかふたつをつなぎ、耳に引っかけられるような棒をとりつけたもの、つまりは眼鏡だった。ただし、レンズは入っていないので伊達眼鏡である。
ペシエラはそれをそっとかけさせると、収納空間から取り出した鏡でアイリスに確認させる。
「まぁ……」
「これだけのことですっかり別人だな」
「なるほど。これならパープリア男爵家の目をごまかせそうですね」
あまりの変わりように、二人の王子は目を丸くしている。同席しているガレンも、黙ってはいるものの変わりようには驚いている。
男性陣の反応に、アイリスはまんざらでもないような恥ずかしいような複雑な気持ちのようだ。
そこで、ペシエラがさらに言葉を投げかける。
「さあ、アイリス。黙ったわたくしたちに使われなさい。なにせあなたには、マゼンダ商会の新作をいち早く体験できる特典があるのですからね」
「えっ、本当に?!」
ペシエラの口から出た言葉に、アイリスは嬉しそうな声を上げていた。どうやら、マゼンダ商会の商品には興味津々だったようなのだ。
なんとも分かりやすいくらい餌につられたアイリスの姿を見て、男性陣三人は複雑な表情を浮かべながら笑うのであった。




