第75話 滞在最後の日に
二度の魔物襲撃に見舞われながらも、サンフレア学園の夏の合宿は全員が無事な状態で終えることができた。
普段はほとんどを王都で過ごしている学生たちには、いい気分転換となったことだろう。
最終日を迎えた合宿。王都への出発を前に、なんとアクアマリン子爵が合宿所となっているサファイア湖の別荘へと姿を見せた。もちろん、ロゼリアと一緒に帰ることになるシアンも同行している。
「諸君、合宿を無事に終えられたことを嬉しく思う。魔物の襲撃の件は誠に申し訳なく思う。これからも王国一安全な領地を維持できるよう努力を重ねていくことをここに誓う。君たちが王国を支える立派な大人に成長できることを、心より願っている」
アクアマリン子爵から言葉が送られると、その場にいた全員から拍手が起こっている。
こうして合宿の終了式を終えると、出発のための準備が始まる。そのわずかな時間を縫って、ロゼリアは挨拶のためにアクアマリン子爵のところへとやってきた。
「アクアマリン子爵様、お久しぶりでございます」
「おお、ロゼリア嬢か。すっかり大きくなったようだな」
「はい、今年で十三でございますからね」
マーリンの反応を聞いて、ロゼリアはにっこりと微笑みながら言葉を返している。
「アクアマリン子爵様、これからもマゼンダ侯爵家とマゼンダ商会をよろしくお願い致します」
「まったく、私にそこまではっきり言ってくれるとは、本当にしっかりしているな」
「ええ、ロゼリアお嬢様はとても立派なお方でございますよ」
マーリンとロゼリアの会話にシアンが唐突に割り込んできた。
「シアン、どうでしたか、久しぶりの実家は」
「ええ、それはよかったでございますよ。お兄様とも少しお話はできましたしね」
「まったく、お前はほとんど書庫にいたではないか」
「あら、そうでしたかしら」
突然のシアンの登場に驚かされたものだが、ロゼリアはしっかりと対応している。実家はどうだったと確認すると、どうやらずっと書庫にこもっていたらしい。
アクアマリン子爵家には魔法と知識の詰まった書庫がある。元々勤勉家であったらしいので、シアンにはもってこいだったのだろう。
兄妹のやり取りを聞いた瞬間、ロゼリアは思わず笑ってしまった。
名残惜しいところはあるのだが、サンフレア学園の一行はアクアマリン子爵領を発ち、王都に向けて進んでいく。
子爵領内にある野営の場所まで向かう一行だが、ペシエラの乗る馬車だけはなんとも重苦しい雰囲気となっていた。
その中の馬車のひとつに乗っているのは、ロゼリア、チェリシア、ペシエラ、それとアイリスである。
「なぜ、私を自由にしているのですか」
ある程度進んだところで、アイリスが口を開いた。
当然ながら、アイリスは国家転覆を謀った反逆者である。なので、本来であればその場で処刑であっただろう。だというのに、拘束されることもなく、自由に行動できる状態にあった。だからこそ、アイリスは問いかけているのである。
しばらく黙っていた三人だが、ペシエラが代表して口を開いた。
「わたくしたち三人で話し合った結果ですけれど、アイリスにはわたくしたちの役に立っていただくことになりましたの」
「そ、それは、どういう……?」
話が見えないアイリスは、ペシエラに問い返している。
「理由の一つとしては、あなたが口走ったパープリア男爵の関与ですね。あなたを処刑してしまえば、詳細はおそらくすべて闇に葬られることになります」
アイリスの質問に答えたのはロゼリアだった。
つまり、本来の首謀者である人物を逃さないための処置というわけだ。処刑は簡単だが、それはただのトカゲのしっぽ切りに過ぎないというわけなのだ。
そこで考え出した方法というのが驚くべきことだった。
「ひとまず、アイリス様はあの襲撃で死んだということになってもらいます。そして、パープリア男爵家を抜け、私たちコーラル伯爵家で引き取ることにしました」
「伯爵に陞爵されたのはいいけれど、人員が足りないのですわ。そこで、わたくしたちの家のメイドになってもらうことにしましたのよ。ですが、学園には通っていただきますわよ」
「えっ、えっ?」
アイリスはまったく状況がのみ込めないでいた。
あれだけの大きな犯罪を犯したといいのに、殺されないどころがかくまわれることになるとは思ってもみなかったからだ。
「なぜ……。なぜ私を助けるのですか」
まったくもって理解不能な話に、アイリスは理由の説明を求める。
ロゼリアとチェリシアは、顔を見合わせてからペシエラへと視線を向ける。
「あなたの持つ技術、このままなくすには惜しい気がしましたのよ。わたくしの直感ですけれどもね。ですので……」
ペシエラはにっこりと微笑んでアイリスへと顔を向ける。
「あなたが反省しているというのなら、わたくしたちの提示した条件をのみなさい。そして、王国のためにその力を使うのです。これらは殿下の承諾を得ておりますわ。返事は、『はい』か『分かりました』ですわよ」
「拒否権はないっていえばいいのに……」
「何か言いまして、お姉様」
「あっいえ、何も……」
チェリシアが入れた茶々を華麗に黙らせると、ペシエラは再びアイリスに迫る。
この時のペシエラの笑顔の圧に耐えきれず、アイリスは表情を引きつらせながら首を縦に振ったのであった。




