第65話 合宿地へ向けて
夏の合宿に参加する一行は、王都を出て街道に沿ってアクアマリン子爵領へと向かう。
アクアマリン子爵領は王都からそう遠くはないのだが、間には川が流れている上に、少し小高い丘陵地帯が存在している。それゆえに、通れる場所が限られている。そのため、馬車で七日ほどかかってしまう。
その複雑な一帯を通る時だけ、合宿では珍しい野宿が行われることになる。それ以外は街に立ち寄ったり、アクアマリン子爵の別荘を使ったりと眠れる環境は整えられている。さすが貴族たちが行う合宿といったところだ。
王都から出発して五日目のこと、問題のポイントに差し掛かる。山と川で複雑になった細い道を通り抜けていく。その途中にちょっと開けた場所があり、そこが野営ポイントである。
翌日には合宿地であるサファイア湖に到着できるので、たった一日の我慢である。だが、不慣れな貴族子女にとっては、この一日の野宿すらも耐えられないのだ。
なにぶん、ここまでは予約してあった街の宿でそこそこふかふかなベッドで休めていた。それが、天幕を張った中に敷いたマットの上で寝ることになるのだから、不満というものが出てくるものである。
教師陣は毎年この対応には苦慮しているので、今年もかと思いながら手慣れた感じで学生たちをなだめていた。
だが、教師陣を悩ませる事柄はこれだけではない。大切な貴族子女を預かっているので、防衛が重要になってくる。そのため、教師陣は魔物除けのお香を携帯している。
さらには盗賊にも対応するために、護衛も雇って警備にあたらせている。
今年は特にアイヴォリーと隣国モスグリネの王子も参加しているとあって、いつもの異常に物々しい雰囲気となっている。これだけならば、確実に教師たちの胃に穴が飽きそうなくらいなのである。
ただ、彼らにとって救いなのは、チェリシアとペシエラのコーラル伯爵家の姉妹だ。この二人は、光属性の魔法にある防護魔法を得意としているので、その力を借りられるというわけである。おかげで、どれだけ教師たちの精神的負担が軽くなったか計り知れない。
さて、実際に複雑な経路を通って、その野営ポイントへと向かう。
野営ポイントの到着前には関所がある。なぜこんなものがあるかというと、アクアマリン子爵領で生産される砂糖が影響している。なにぶん砂糖はまだまだぜいたく品だ。その保護のためにわざわざ関所が設けられているのである。
事情を聞いていた警備隊のチェックを軽く受けると、いよいよ合宿の地であるアクアマリン子爵領へと入る。
野営地に到着すると、それぞれ天幕の設置を始める。
攻略対象であるシルヴァノたちは、実に手際よく組み立てていっており、周囲からは驚きの声が上がっている。
一方の女性陣はというと、力仕事ということもあってかなり苦戦している様子。
ロゼリアのところはいつもの三人に加えて、シェイディアとアイリスが一緒である。その目の前で、チェリシアとペシエラがあっさりと天幕を組み立ててしまい、二人を驚かせていた。
二人がいうには、天幕の組み立てには慣れているということらしい。コーラル伯爵家は地元との往復を頻繁に行っていたので、それのせいもあるのだろう。
おかげで、ロゼリアたちと一緒になった二人はものすごく助かった表情をしていた。
食の内容など、さまざまなことに不満が出ながらも、どうにか野宿の夜は寝静まる。愚痴を言ってもお腹がすくだけだし、とっとと寝てしまうのに限るのだ。
ところが、そんな中でペシエラがふと目を覚ます。
「どうしたの、ペシエラ」
同じ天幕で眠っているチェリシアが、物音に気が付いて目を覚ます。
そのチェリシアに対して、ペシエラは静かにするように頼んでいる。
「ちょっとばかり夜風に当たりたくなりましたの。すぐに戻りますので、お姉様はお休みなさってくださいませ」
「そう。気をつけてね、ペシエラ」
「もちろんですわよ」
にこりと微笑んだペシエラは、外へと出て行く。
先程まで緩んでいた表情は、突如として引き締まる。これはただ事ではない。
(まったく、こんなところを狙ってくるとは穏やかではございませんわね。敵は周囲を挟み込むような形でいますわね。このわたくしがいる限り、ただで済むと思いませんことね!)
ペシエラは、エアリアルソーサーを発動して、空中へと飛び上がる。
チェリシアの編み出した、空飛ぶ魔法。これは、ペシエラとロゼリアももう使えるようになっていた。本来は旅行などで使うつもりだったのが、今は何者かの襲撃にさらされている以上、やむを得なかった。
空へと浮き上がったペシエラは、先程感知した敵の位置を再度確認すると、魔法を放つ。今は真夜中でみんなが眠っているので、なるべく静かに、なおかつ大胆に敵を討つための魔法を放つ。
「降り注げ、シャドウランス!」
闇夜に紛れた闇の槍を降らせて敵の動きを牽制すると、新たな魔法を発動する。
「わたくしたちの命を狙う愚か者たちには、地べたがお似合いではなくて?」
エアリアルソーサーの上で両手を大きく掲げると、野営地を挟み込むように群れる敵に向けて、同時に魔力を込めて両手を振り下ろす。
「潰れなさい!」
ペシエラが発動した魔法は、広範囲に群れる敵をあっという間に潰してしまう。周囲に展開していた感知魔法からすっかり反応が消えてしまい、敵が戦意を失ったことを示していた。
大量の敵をたったの魔法二発で沈黙させるとは、さすがとしか言いようがない。
しかし、このままでは安心できるわけがなかった。ペシエラは念のために現場を見て回ると、そこには大量の息絶えた魔物たちが転がっていた。
これほどの魔物を集結させているとは、ペシエラは驚かされる。
「何者かがわたくしたちの命を狙っていたということですわね。これほどの魔物を集めるとは、一体何者なのかしら……」
驚くべき光景ではあったものの、このまま放っておくわけにはいかない。ペシエラは魔物の死骸をすべて収納空間へと押し込むと、何事もなかったかのように野営地へと戻っていったのだった。




