第6話 マゼンダ侯爵
ロゼリアとチェリシアの二人がお茶会を楽しんでいる頃、ロゼリアの父であるヴァミリオ・マゼンダは執務室で大量の書類と戦っていた。内容は、領地からの陳情書である。
マゼンダ侯爵領は王都からほど近い場所にあり、さらには方々の領地との間の街道が集まる交通の要所となっている。領地を多くの人が行き交うために、領民たちからの相談や要望が多く寄せられてくる。その結果が、机の上の山積みの書類というわけである。
「内容を確認すると、私の出る幕もないものもあるではないか。私の承認があれば強く出られるとはいえ、いくらなんでも陳情の出しすぎだ」
書類を重要度別に仕分けしながら、マゼンダ侯爵は大きなため息をついている。
仕分けを続けている侯爵の部屋の扉を叩く音が響く。
「この叩き方はシアンか。入れ」
「侯爵様、失礼致します」
扉が開き、ロゼリア付きの侍女であるシアンが中へと入ってくる。
「扉を叩く音だけで私とお分かりになるとは、さすがは侯爵様でいらっしゃいますね」
音だけで見破られたことに、シアンはにこやかに笑ってしまう。その表情にもまったく動じることなく、侯爵はシアンへと声をかける。
「世辞はいい。それにしても私のところに来るとは何があったかな?」
「はい、お嬢様のことでございます」
「ロゼリアの?」
娘のことと聞いた瞬間、侯爵の眉がぴくりと動く。
「はい。最近は以前とすっかりお変わりになられていまして、勉学にとてもまじめでいらっします。それと、時折ですが、とても八歳とは思えないような態度を見せることが増えたと存じます」
「……勉学に打ち込むことはとても良いことだ。だが、年相応に見えないとはどういうことなのだ」
シアンが話す内容に、侯爵は眉をひそめている。
「はい、わがままが減ったと思われます。あれこれと自分の欲しいものを要求していたと思うのですが、最近はそれがあまり見られません」
シアンはロゼリアがもっと小さい時からずっと見てきた侍女だ。そのシアンが明確に変わったといっている。その内容に、侯爵は少し考え込んでいる。
「あとでございますが」
「まだあるのか」
「はい。チェリシア・コーラル子爵令嬢様とかなり親しげになさっておいでですね。本日もお屋敷にお招きして、ご一緒に家庭教師の指導を受けていらっしゃいました。今はお部屋で一緒にお茶をしております」
「ほう、コーラル子爵家か」
シアンからの報告を聞いた侯爵は、手を組んで机の上に肘をついている。
「コーラル子爵家とは、面白いところに目を付けたな、ロゼリアは」
「と、仰られますと?」
ずいぶんと落ち着いた声だったので、シアンは侯爵に思わず尋ねてしまう。
「コーラル子爵領は、北と西を山に、東と南を海に囲まれた、広大だが未開の地だ。あれだけの土地がありながら、あの税収というのはとても信じられない話でな、いずれ手を出す予定でいたのだ」
侯爵は思いもよらない計画を話し出していた。
「娘たちが仲が良いというのなれば、いろいろと計画を持ち掛けやすいな」
「お嬢様を利用なされると?」
「そう怖い顔をするな、シアン」
侯爵が話した内容を聞いたシアンは、とても険しい表情をする。思わず侯爵もたしなめてしまうほどである。
シアンが少し落ち着いたのを見ると、侯爵は話を続ける。
「そういう風に見えるかもしれんな。次に娘がコーラル子爵家に出向く時を利用して、私も子爵と会うこととしよう。シアン、ロゼリアに伝えておいてくれ」
「承知致しました。では、失礼致します」
シアンは頭を下げると、侯爵の執務室から出ていく。
しばらくして、入れ替わるように執事長のリモスが執務室にやってきた。
「お呼びでしょうか、旦那様」
実にピシッとしたお辞儀は、さすが執事長というべき完璧なものだ。
部屋にやってきたタイミングからするに、おそらくはシアンから言伝をされてやって来たのだろう。
「リモス。コーラル子爵に手紙を出すから、用意を頼む」
「はっ、かしこまりました。しかし、コーラル子爵にですか?」
王国内でも屈指の貧乏貴族といわれるコーラル子爵に手紙を出すと聞いて、リモスは思わず首を傾げてしまう。
この態度は予測していたようで、侯爵は小さく笑みを浮かべている。
「最近、どうやら娘同士が仲が良いようでな。あそこは元々目を付けていた領地ゆえに、いい機会だと思ったのだ。今から筆を執る」
「なるほど、かしこまりました。では、すぐに手配を致します」
リモスは一礼するとすぐに部屋を出ていく。手紙を配達する人員を手配すると、すぐに部屋へと戻っていく。
なんということだろうか。リモスが部屋に戻ってきた時には、侯爵は手紙を書き終え、封までし終えて待ち構えていたのだった。
「では、頼むぞ」
「はい、旦那様。確かにお預かり致しました」
手紙を受け取ったリモスは、再び部屋を出ていく。
部屋の扉が閉まり、侯爵はひと仕事を終えたかのように背もたれにもたれる。
「ふぅ、これはしばらく忙しくなるやもしれんな」
侯爵は静かにつぶやくが、その顔はどことなく笑っているのだった。




