第44話 目覚め
一面真っ白の世界。
チェリシアの意識は、不思議な世界に立っていた。
前も後ろも、右も左も、上も下も……。どこを見ても真っ白の世界だ。
「ここ、は……?」
一切のものが見当たらない真っ白の世界。あまりにも真っ白すぎて、チェリシアは気持ちが悪くなってきた。
「……私は死んだの?」
ぽつりとつぶやく。
ところが、次の瞬間、謎の声が響き渡る。
「死んではいないわよ、○○○○さん」
急に前世での名前を呼ばれて、チェリシアは驚きで振り返る。
そこにはぼんやりとした人の姿のようなものが立っていた。
「あなたは……誰?」
「残念だけど、その質問には答えられないわね。あなたはいつまでもここにいてはないけない。だって、存在が揺らぎかけているのだからね」
「何を言っているの?」
チェリシアの質問には答えずに、なにやらよくわかないことを言い始めている。さすがにチェリシアは騒いでしまう。
「さぁ、白い世界に飲まれる前に脱出しましょう。あなたの帰りを待つ人がいるのだからね」
目の前のよく分からない存在は、そういって手を差し伸べてくる。
本来なら警戒するところであるのだが、この時のチェリシアは、なぜかその手をすんなり取ってしまった。
チェリシアの行動に、目の前の何かは、にこりと微笑んだ気がする。
ふわっと体が浮き上がるような感覚に襲われたチェリシアだったが、その瞬間、目の前が真っ暗となり、再び意識を失ってしまった。
しばらくして、チェリシアの目は何かを感じ取って、ゆっくりと開いていく。
「う……ん……」
「お目覚めでしょうか」
ぼんやりと意識を取り戻したチェリシアの耳に、不意に声が聞こえてきた。
ロゼリアでもペシエラでもない女性の声に、チェリシアはびっくりして体を起こしてしまう。
「誰でっ……はう……」
急激に体を起こしたものだから、チェリシアは貧血を起こして体をふらつかせてしまう。再び倒れてしまうかと思ったチェリシアだったが、その体は優しく受け止められていた。
「急に起きるとそうなるのは当然でございます。なにせ二日間も眠ていらしたのですからね。もうしばらく安静にしていて下さい」
起きた早々、がっつりと怒られてしまった。
これにはチェリシアはおとなしく従って、手伝ってもらいながら体を横にしている。
横になったチェリシアは、目の前の人物をかなり不審がっているようで、横になってからずっと視線を送り続けている。女性はさすがに我慢できなくなったようで、自己紹介を始める。
「申し遅れました。私はコーラル子爵様のご命令であなた方の世話を仰せつかりました、スミレという者でございます。必要なことがございましたら、なんなりとお申し付けください」
丁寧な名乗りを聞いて、チェリシアは驚いてしまう。しかし、父親であるプラウスが寄こした人物ならばと、スミレのことをひとまず信じることにしたようだ。
「なんでも魔力切れを起こしたようでございますので、ある程度回復するまでは魔法をうまく使えないと思われます。回復するまでの間、すべてのことは私が受け持ちますので、ご安心下さい」
「ありがとうございます」
お礼を言うと同時に、チェリシアにはある不安が湧き上がってくる。
「あの……」
「なんでございますでしょうか」
「私、魔法が再び使えるようになりますか?」
そう、魔力切れを起こしてしまったことで、ちゃんと魔力が回復して魔法が使えるようになるのかが気になったようである。
あまりにも不安そうにするチェリシアを見て、スミレは正直に話すことにする。
「それは大丈夫でございますよ。とにかく今は、しっかりと休んで体を回復させて下さい。回復しないと、使えるものも使えない状態が続きますからね」
「分かりました」
使えるようになるという話を聞いて、チェリシアはほっとしたようである。
その後、スミレが用意した食事を口にすると、再び横になったようである。魔力切れからの完全回復には、まだまだ時間を要するようだ。
チェリシアは、寝息を立てながら再び眠ってしまう。魔力が回復を急いでいるためだろう。
さっきまでと比較しても、ずいぶんと落ち着いた表情を見せているので、スミレは一度部屋を出て行く。
「ふぅ、使用人の真似事など、してみるものじゃないわね」
まるで疲れたように、ため息交じりに愚痴をこぼしている。
「意識に干渉をしてみて正解だったわね。無事に引っ張り上げることができたわ。あの人も気にするくらいだったけれど、干渉してみて、私にも興味というものが湧いてきたわ」
ちらりと扉の方へと視線を向け、なにやらぶつぶつとしゃべり始めている。
「とてもイレギュラーな存在。だけど、そのおかげで、今回の魔物氾濫は被害も出すことなく終わりを告げた。厄災の暗龍は予想外だったけれど、それすらも倒してしまうとはね」
困り顔を浮かべながら、スミレはかなり強い興味を、チェリシアに対して抱いたようだ。
そうかと思えば、くるりと振り返って建物の外へと向けて歩き出す。
「今後も見守る必要がありそう。あの人ともしっかり相談して、今後の方針をしっかりと定めましょうか」
チェリシアの存在に強い興味を抱いたスミレは、ぐっと背伸びをすると、ロゼリアたちのいる場所へと歩いていったのだった。




