第39話 魔物氾濫
くぼ地にどす黒い瘴気が集まることを確認したチェリシアは、すぐさまエアリアルソーサーを展開する。状況を確認するためには、上空に移動して確認するのが一番手っ取り早いからだ。
「なんて……光景なのよ」
上空から様子を確認したロゼリアは、思わず息をのんでしまった。
くぼ地には大量の瘴気が集まり、まったくもってくぼ地の中が見えなくなってしまっていた。
さらに驚くべきは、集まった瘴気が、まるで生きているかのように脈打っていることである。その光景は、ますます不気味さを帯びていっている。
「それにしても、あの様子は、もう魔物氾濫が起きようとしている?」
「そんな、まだ早いはずよね、ペシエラ」
ロゼリアとチェリシアは、目の前の光景に慌ててしまっている。
「お姉様、ロゼリア。早まってしまった理由は分かりませんが、わたくしたちは作戦通り動くだけですわ。さぁ、参りましょう」
心の中では慌てていても、ただ一人だけ魔物氾濫を経験しているペシエラは、落ち着いて二人に声をかけている。
「ええ、私たちは魔物氾濫を利用して魔石を手に入れに来たんですもの。ただし、被害を最小限に抑えてみせるわ」
「お父様の領内に被害なんて出させますかっていうのよね」
ペシエラの言葉に、ロゼリアとチェリシアはしっかりと反応している。ただ、体はその恐怖に震えており、恐怖は払えていないようだった。
それでも。魔物氾濫に立ち向かうために、気持ちをしっかりと奮い立たせる。
目の前では、集まった瘴気が大きく震えている。
「お姉様、魔物氾濫が起きますわ。頼みますわよ!」
「任せて!」
ペシエラが叫ぶと、チェリシアからはまばゆいばかりの光が放たれる。
チェリシアの放った魔法は、瘴気があふれかえるくぼ地をぐるりと取り囲んでいる。もちろん目に見えているくぼ地の外だけではなく、くぼ地の地中を含めて、どこからも瘴気が漏れ出ないように完全に周囲を取り囲んでいる。絶対に魔物を外へと出すものかという気持ちの現れた、完璧な球体となった障壁魔法だ。
そんな状態になっても、瘴気はお構いなしにどくんどくんと脈打ちながらどんどんと大きくなっていく。時折小さく弾けており、小さく弾けた瘴気が、魔物へと姿をかけていく。
瘴気の変化を目の当たりにしていたペシエラは、表情を失い、身震いをしながらその光景を見守っている。ペシエラが逆行前に体験した魔物氾濫は、数百どころか、栓を超える魔物の集団が発生していたのだ。身構えてしまうのも当然というものである。
瘴気は弾けつつ、その脈打ちをどんどんと速めていく。
何かを感じ取ったチェリシアは、一度かけた障壁の外側へに、もう一つ障壁魔法を重ね掛けする。
バチンッ!
ついに瘴気が大きく弾け飛ぶ。
ところが、大きく飛び散って魔物の群れへと変化するはずだった瘴気は、チェリシアが張った障壁魔法に阻まれて、その多くは跳ね返っている。跳ね返る前に地面へと落ちた瘴気は魔物へと変化していく。
目の前で魔物が発生していく様子を見たロゼリアとペシエラは攻撃態勢に入る。ところが、目の前では予想外なことが起きていた。
なんと、跳ね返って元の位置に戻ってきた瘴気が、再び集まっていくではないか。
弾け飛んで個々の魔物へと変化できなかった瘴気が集まり、どんどんと何かの形へと変化を始めていく。そして、信じられないことが起きてしまっていた。
「グルァアアアアアッ!!」
集まった瘴気はひとつの塊となり、大きな咆哮を上げたのだ。
くぼ地の中央には、まるでドラゴンのような姿をした巨大な魔物が出現していた。
「あ、あれは……!」
「チェリシア、知っているの?」
出現した巨大なドラゴンを見たチェリシアが反応している。その姿を見たロゼリアが思わず問いかけてしまう。その問いかけに、チェリシアはこくりと頷いている。
「あれは”厄災の暗龍”と呼ばれる魔物よ」
「や、厄災の暗龍って、伝説のドラゴンじゃないの! ま、まさかそんなものが目の前に現れるなんて……」
チェリシアが答えると、ロゼリアは叫んでしまっている。
まるで想定していなかった事態に、ロゼリアたちはどうするべきなのか戸惑っている。
厄災の暗龍とは、乙女ゲームにおける隠しボスだ。本編中には一切出てこず、クリアしたデータを読み込むことで突如として出現するいわゆる裏ボスというものである。
その強さは理不尽極まりなく、ラスボスすらも楽勝になった主人公たちをいともたやすく葬り去ってしまうという、文字通りの厄災である。
時が経つとその攻略法が確立されていったものの、それでもなおかなりの運要素を要する最強のボスとして君臨し続けていたのだ。
(まさか、こんな段階でそんな魔物と戦うことになるだなんて……。今の私たちで勝てるのかしら)
チェリシアの頬を、冷や汗が伝う。
「ガアアアアアッ!!」
完全に姿を見せた厄災の暗龍の咆哮が再び響き渡る。
その目には光が宿り、厄災の暗龍は完全にその場に顕現したのであった。




