第38話 魔物氾濫を待つ中で
カイスの村の近くで潜伏するようになってから二日が経つ。
そんな折、ペシエラがなんとも浮かない表情をしている。
「どうしたのよ、ペシエラ。そんな顔をして」
気になったチェリシアが声をかけている。
「いえ、もう十日が経過するんです。そろそろ、お父様の耳に、わたくしたちが王都の邸宅からいなくなっていることが、耳に入っているかも知れないと思いましてね」
ペシエラが落ち着かない理由はこれだった。
出かける際に使用人たちには部屋の中には入らないように伝えておいていた。
食事は部屋の前に運ぶように伝えておいたのだが、さすがにそれがまるっと一日以上続けば気付かれているはずだ。
部屋の中には書置きを残してあるのだが、それを見た使用人たちがどういう反応をするのかは、火を見るよりも明らかな話だった。
「あとで、家族や使用人たちから叱られるのは必至だわね」
ロゼリアはちょっと怯えたような表情を見せている。
しかし、それを承知で家を出てきたのだから、今さら騒いでも後の祭りというもの。やってしまったからには仕方がないというものだ。
カイス近くのくぼ地がよく見える場所で、静かに魔物氾濫の発生を待っているロゼリアたち。その間はとにかく暇というものである。
カイスの方向を見ていたロゼリアは、ふと何かを思いついたようでチェリシアへと声をかける。
「ねえ、チェリシア」
「なに、ロゼリア」
急に話しかけられたものだから、チェリシアは少し驚いたようだ。
「エアリアルソーサーに乗っている時のように、畑の周りを覆うっていうことはできないのかしらね。あれが使えば、畑が周囲の状況に影響を受けなくなって、作物を育てられるようになるんじゃないかしらね」
どうやら、エアリアルソーサーに乗っている間にチェリシアが張っていた防壁にヒントを得たようである。
確かに、エアリアルソーサーに張られた結界の中では、風や雨の影響をまったく受けなかった。地上の何もない状態と同じような状況をずっと保ち続けていたのだ。
「ふむ、ビニールハウスのようなものね。ドーム球場一個分くらい……、もとい、王都のコーラル子爵邸くらいの大きさなら張ること自体はできると思うわ」
「な、なに、そのビニールハウスって。あとドームとかも説明してくれないかしら」
よく分からない単語を持ち出して答えてきたために、ロゼリアは思わず再び質問をしてしまう。
「どちらも似たようなものといっていいかしらね。周囲を建物で覆い、外部の影響を受けにくくした設備のことよ。それが、光を遮断するものかそうでないものかという違いがあるくらいかな」
「なるほど?」
「ビニールハウスは透明な膜を使っているので、外の影響を減らしつつ、日の光を受けられる設備なのよ。外気の影響は小さくなるけれど、まったく受けないわけじゃないので、中の空気を温めたり冷やしたりといった温度調節は必要なるけどね。そうそう、温室っていえば、まだ分かりやすいかしら」
チェリシアの説明を聞いて、ロゼリアは分かったような分からなかったような複雑な表情をしている。こちらの世界の人間には、ちょっと難しい話だったのかもしれない。
「でも、それだけの魔法を使うとなると、どれだけの魔力を使うか分かりませんわよ。それに維持するとなれば、魔法使いを常駐させないといけませんわ。現実的ではない話よ」
話を聞いていたペシエラが指摘する。
確かにその通りである。エアリアルソーサー程度であれば、長時間の維持は可能である。だが、畑のような大規模なものとなると、消費魔力は類を見ない規模になるはずなのだ。普通の魔法使いでは難しいのは目に見えている。
そこで、チェリシアは試しに自分たちのいる場所に、エアリアルソーサーに使っているものと同じ結界を展開する。これを発動後に放置し続けてどれだけ維持できるかというのを検証するためである。
結果、発動後からほぼまる一日の間維持できることが分かった。
「魔法では、毎日定期的にかけ直すことが必要のようですわね」
「ということは、やっぱり魔石を使うのが一番かな。魔石を使った万年筆という実績があるわけだし」
「結局、魔物氾濫が発生するのを待たなきゃいけないのかぁ。はぁ、面倒くさいわ……」
ペシエラとロゼリアが話をしている中、チェリシア一人だけが大きく落胆している。
「あらっ、カイスの村が少し騒がしくないかしらね」
そんな中、ペシエラが村の異変に気が付いたようである。
すぐさまチェリシアがエアリアルソーサーで様子を確認しに行ったのだが、すぐさま慌てて戻ってきていた。
「大変っ! お父様がカイスにいらしているわ」
なんと、チェリシアとペシエラの父親であるプラウスがカイスの村までやってきているようなのだ。なんとも早い到着に、チェリシアは驚いていた。
「思ったより早かったわね。いくらシェリアに視察に出てきていたとはいっても、これは……」
ペシエラも驚くほどの早さである。
はてさて、どうしたものかと三人は悩み始める。
カイスの村にはまだ顔を出していないので、村にいないことが分かれば、父親は大規模な捜索隊を結成させてでも捜し始めてしまう。そうなってしまっては、後々面倒なのだ。
頭を悩ませ始めた、まさにその時だった。
ズンッ……!
地面が激しく揺れたのである。
「なにこれ、地震?!」
チェリシアが大慌てになる。
「お姉様、ロゼリア、あれを!」
ペシエラがくぼ地の方を指差しながら叫ぶ。
ロゼリアたちが視線を向けると、なんとくぼ地に向けてどんどんとどす黒い瘴気が集まっているではないか。
……そう、魔物氾濫の前兆が起き始めたのだった。




