第35話 少し慣れましょう
チェリシアの回復を兼ねて休んでいる間、ロゼリアは地図を広げていた。これは、こっそりとマゼンダ侯爵邸から拝借してきた地図である。アイヴォリー王国の地図を持っているとは、さすが侯爵家である。
「あら、地図なんてお持ちでしたのでね」
「ええ。ないよりはあった方がいいかと思いましてね。未開の森とのことでしたから、今は大体この辺りかしら」
「そこで合っていますわよ」
ロゼリアが指し示した場所は、カイスの西側に広がる森林地帯の西の端っこの辺りだった。
この辺りは昔から多くの魔物たちが住みついており、すっかり手付かずの自然が多く残っている未開の地となっていた。
「魔物氾濫では多くの魔物を倒すことになるわ。たった一匹魔物を殺しただけであのようになってしまうんじゃ、話にはならないわよ、チェリシア」
「うう、わ、分かっているわ」
フォレストバードを倒した時の様子を、ロゼリアから咎められてしまったチェリシアは、首をすぼめながらも頷いている。
魔物一匹とはいえど、平然と殺せてしまうという状況を目の当たりにして、チェリシアは改めて自分が異世界に来てしまったということを実感している。これまでも散々魔法とかを見ているというのに、なんとも今さらな反応である。
「まったく、魚を捌いていたというのに、魔物一匹程度であの反応では納得がいかないというものですわよ、お姉様」
「あれはあれ、これはこれ。でも、郷に入っては郷に従えという言葉もあるくらいだし、なじめるように頑張るわ」
ペシエラにも咎められて、チェリシアは改めて決意を固めたようである。
その様子を見ていたペシエラは、すっと立ち上がると、チェリシアへと手を差し出す。
「お姉様、夕食の食材ついでに魔物を狩りにまいりましょう。ロゼリア、ここのことは任せましたわよ」
「了解。気をつけてね」
「すぐに戻りますわ」
ペシエラはチェリシアを連れて、未開の森を少し歩くことにしたようだ。
未開の森の中は、所狭しと木々が生い茂っており、夕暮れが迫りつつある今の時間は、少しばかり薄暗く感じられる。
ペシエラが先導する形で奥へと進んでいく。
森へと入ってからずいぶんと進んだ時だった。
「……出ましたわね」
その言葉とともにペシエラが立ち止まる。チェリシアはびくりと体を強張らせる。
しばらく息をひそめて様子を窺っていると、がさがさという音ともに、目の前に魔物が現れる。
姿を見せたのは、犬が二足歩行をしているような感じの魔物であるコボルトだった。
「(静かに!)」
コボルトの姿を見たチェリシアが声を上げそうになったので、ペシエラはとっさにチェリシアの口をふさぎ、小声で注意していた。
ところが、相手は耳のいいコボルトだ。ぴくりと耳が動いたかと思うと、くるりとペシエラたちを発見して襲い掛かってきた。
「グルゥアァッ!」
実に獣らしい叫び声をあげ、手にこん棒のような太い棒きれを持って殴りかかってくる。
ところが、その攻撃は繰り出されることはなかった。
「アースエッジ!」
ペシエラが手を伸ばし、なんと魔法を使ったのだ。
ペシエラの放った魔法はコボルトを貫き、あっという間に倒してしまっていた。
「こんなものかしらね」
「ぺ、ペシエラ、魔法が使えたのね」
「ええ、これでもわたくしも逆行した存在ですからね。七歳の体で使うことは躊躇しましたけれど、そうも言ってられませんものね」
驚くチェリシアに対して、ペシエラは実に淡々と答えている。
そうかと思えば、ペシエラはすぐにコボルトの解体にかかっていた。
「コボルトは群れで行動しますから、周りにいる可能性がございますわ。わたくしが解体している間、お姉様は周辺の警戒を頼みますわよ」
「りょ、了解」
周囲の警戒をチェリシアに任せたペシエラは、黙々と解体を進めていく。
まだまだ魔物の解体には慣れないのか、チェリシアは目を背けている。シェリアで魚の三枚おろしをしていたとはいえ、どうやらこのくらいの大きさになるとわけが違うようだ。
あっという間に解体を終えてしまったペシエラは、要るものと要らないものに分けていく。
コボルトの素材は爪と牙、それと魔石くらいである。肉は固くて食べられないらしい。毛皮も普通のウルフとは違い、二足歩行の人間に近いためかあまり質がよろしくない。なので、ペシエラは捨ててしまおうとしているが、チェリシアはそれを止めていた。
ごわごわとした手触りだが、これは何かに使えそうだなと真剣に考え始めたようだ。
「お姉様、邪魔しないで下さいませんこと? このまま放置していては、辺りに瘴気をまき散らしてしまって森に影響が出ますわ」
ペシエラが注意をすると、チェリシアは何を思ったのか、コボルトの毛皮だけを魔法でベロンとはがしてしまっていた。
さっきまで魔物を見て怖がっていたとは思えない行動である。
「お姉様?」
「いや、さすがにこうなれば魚を捌いているのと変わりないかなと思っちゃって」
「いえ、そうではありませんわよ。毛皮をどうしますの?」
「この触った感じから、何か使い道がないかなと思ってね。とりあえず私が収納魔法に預かっておいて、終わった後で使い道を考えましょう」
「……好きにするといいわ」
チェリシアの行動がよく分からないペシエラは、素材をはぎ取ったコボルトを焼き払って処分していた。
「ねえ、ペシエラ」
「なんですの、お姉様」
「私、ちょっと狩りを頑張ってみると思うわ」
「……そうですのね。でしたら、わたくしが見ていますので、頑張って下さいませ」
やる気を出したチェリシアを見て、ペシエラは淡々と言葉をかけている。しかしながら、やる気を出した姉の姿に、気づかれない程度に笑みをこぼしているのだった。




