第33話 エアリアルソーサー
「な、なによこれ」
目の前に現れた不思議な物体に、ロゼリアが驚いている。
「これは、風魔法を応用した乗り物で、エアリアルソーサーと名付けたわ。さっ、乗ってみてちょうだい」
チェリシアはそういうと、ぴょんと靴のまま乗り込んでいる。
その姿を確認して、ロゼリアとペシエラも顔を見合わせながら乗り込んでいる。
不思議なことに、三人が乗り込んでもエアリアルソーサーの底は抜けることなく、無事に乗っていられる。これには驚きしかなかった。
二人の驚く様子を見たチェリシアは、それはとても満足そうに笑っている。
「さぁ、出発するわよ」
チェリシアがこう意気込めば、エアリアルソーサーはあっという間に浮き上がり、段々と王都が小さくなっていく。高さにしておおよそ五十メートルほどまで浮き上がると、エアリアルソーサーはぴたりと上昇を止めていた。
「ペシエラ、カイスの方向はどっちかしら」
「なんでお姉様がご存じありませんのよ。あちらですわよ」
チェリシアが方角を確認してくるので、ペシエラは呆れながらもしっかりとカイスの方向を指差している。
「東北東ね。それじゃ、出発進行!」
チェリシアが元気よく叫ぶと、魔力を込めてエアリアルソーサーを発進させる。
どういう風になるのかとチェリシア以外は心配したものだが、空の旅は快適そのものだった。馬車よりも速い速度で進んでいるというのに、体には何も感じられない。風を切る感覚すらないので、びっくりするというものだ。
「お姉様、もしかして防御魔法を展開しておりますの?」
「ええ。正確には空気の膜。前世にあった自動車っていう乗り物を参考にさせてもらっているの。ただ、再現するのは科学技術じゃなくて魔法なんだけど」
「よく分かりませんわね」
「チェリシアのいた世界って、一体どんな場所だったのかしら……」
説明をしてもらったというのに、いまいち理解ができなかった。さすがは元・別の世界の人間である。
「それにしてもこの魔法。ものすごく魔力の消費量が多そうね。飛び続けて大丈夫かしら」
「さすがはロゼリア。もちろん、食事の時間などでは解除するわよ。今の私じゃそこまで持続して飛べないもの。もちろん、地上に降りた時の対策もしてあるから、心配しないで」
ロゼリアが懸念を示しても、チェリシアはまったくの余裕の表情だった。
一体、どれだけの対策を立ててきたというのだろうか。妹であるペシエラにも知られず、よくもこんなにたくさん準備をしてきたものである。
カイスに向けて飛び続けたチェリシアだったが、日も暮れ始めたことに加え、初めての遠出ということもあって、適当な場所へとエアリアルソーサーを下ろしていく。
「今日はここで野宿としましょうか。それじゃ、食事とかの準備をするわよ」
「準備って、一体どうやるのよ」
地上に降りたチェリシアが次の準備に取り掛かると、ロゼリアが疑問を投げかけている。
そのロゼリアの質問を聞いた二人は、にやりと笑っている。一体何をするというのか。
首を捻っているロゼリアは、その目の前で起きた出来事にびっくりしている。
「ちょっと、チェリシア、それって?!」
指を差して大げさに驚くロゼリアだったが、そうなるのも当然というものだろう。なぜなら、チェリシアの腕が不自然な位置で消えてしまっているのだから。
「これは、ゲームによくあるものを魔法で再現したものよ。収納魔法っていうものでね、特殊な空間を作り出して、その中にいろいろと物をしまえるという魔法なのよ」
「わたくしも、お姉様が目の前で使った時は腰を抜かしましたわ。こんな魔法もあるんだってね」
ペシエラが呆れたように目を向ける前では、チェリシアが次々といろいろなものを引っ張り出している。
まったく何もない空間からたくさんの物品が出てくる様子は、もはや恐怖でしかなかった。
「ペシエラは、これを知っていたのね」
「ええ、食事を作る手伝いをさせられましたからね。その時にでき上がった料理も放り込んでいましたから、今のロゼリアのように大声で驚きましたわよ」
ロゼリアとペシエラが話をしている目の前では、チェリシアが一人で野宿の設営を進めている。簡易のテントだの椅子だの、それは見たことのあるようなないような不思議なものばかりだった。
「もしかしてこれらも、お姉様がわたくしに頼んできたことの一部だったのかしら」
「正解よ、ペシエラ。手伝ってくれてありがとうね。おかげで、快適な旅になりそうだわ」
困った顔をしているペシエラに、にっこりと笑顔でお礼を言うチェリシアである。
お礼を言いながらも、チェリシアは動き続ける。
どこからともなく取り出した魔石を自分たちのいる周囲に星形に配置すると、別の魔法を発動させている。
「これで、この中は安全よ。結界を張ったからね」
「も、もうそんな魔法まで?」
「いやぁ、前世の娯楽知識って、こういう時に役に立つんだなって、私自身もびっくりだわ」
「え、えええ……」
照れ笑いをするチェリシアではあったものの、ロゼリアもペシエラもその顔が引きつっていた。
さらには収納魔法から温かい食事まで取り出してくるものだから、逆行前などを含めて築いてきた二人の常識が、ガラガラと音を立てて崩れ始めていた。
「……逆行前のペシエラが可愛く思えるくらいだわ」
「お姉様にはもう少し自重を覚えていただきませんと。このままでは、前回同様に卑屈になってしまいそうですわ」
野宿の準備を進めるチェリシアの姿を眺めながら、ロゼリアとペシエラの二人は、それは大きなため息をついたのだった。




