第30話 王子からは逃げられない
結果として、国王と女王の双方を満足させることができたことで、早速マゼンダ商会に万年筆への注文が入った。
最初は王族と主要な分館立ちだけで使うということなのだろうか。注文数を聞く限り、少ないように感じられた。
だが、これは逆に助かったというものだ。万年筆の用の魔法は結構特殊だし、魔石だって目的のサイズを集めるのにはとても苦労している。
もちろん、多少の無茶を言われる可能性を見越していたので、予想よりも少ない数だったので、ロゼリアたちは拍子抜けをしていた。
だからといっても、油断はしないし、手は抜かない。
チェリシアとペシエラの家であるコーラル子爵家を潰さないためにも、次なる手はどんどんと打っていく必要があるからだ。
(うーん、商会の成功は半分以上、私たちマゼンダ侯爵家の功績ということになるだろうから、これだけではコーラル子爵家の陞爵には弱いでしょうね。となると、コーラル子爵領自体になにかしら変化をもたらさないといけないかしらね)
万年筆用の魔石を作りながら、ロゼリアはいろいろと考え込んでいた。
その真っ最中、不意に扉が叩かれる。
「はい、どうぞ」
「ロゼリアお嬢様、こちらにおいででしたか」
「どうしたのですか、リモス」
「至急、お城へとお越し下さいとのことでございます」
どうやら、お城からの呼び出しのようだった。
さすがにお城からの呼び出しとなれば、子どもであるロゼリアには断ることなどできなかった。
ロゼリアは魔石に魔法を込める作業を中断して、シアンとともにすぐにお城へと向かったのだった。
お城に到着すると、チェリシアとペシエラの二人もやってきていた。
出迎えてくれた兵士の案内で向かった先は、女王に連れていかれたことのある庭園だった。
「これは、シルヴァノ殿下。お招きいただきありがとう存じます」
四阿までやって来たロゼリアたちは、淑女の挨拶をしっかりと決めている。
ただ、心中は三人そろってまったく穏やかではなかった。なぜ急に王子に呼び出されたのかが分からないからだ。
「やあ、よく来てくれたね。さぁ、三人ともそこに腰を掛けて」
「はい、それでは失礼を致します」
シルヴァノから言われて、ロゼリアたちはテーブルを囲むように座る。
テーブルの上にはお菓子と紅茶が置かれており、緊張しているにもかかわらず、チェリシアは食べたそうにじっと視線を向けている。
「急な呼び出しで済まなかったね。先日納品してもらった万年筆のことを含めて、婚約者候補である君たちと話をしたかったんだ。ペシエラ嬢は、一人だけ置いておくわけにはいかないし、一緒に呼ばせてもらったよ」
呼び出した用事は、どうやら万年筆のことのようだった。
どうやら文官たちはもちろんのこと、シルヴァノも大変気に入っているということらしい。いろいろと仕事や勉学が捗るということで、そのお礼が言いたかったらしい。
先触れを出してマゼンダ侯爵家とコーラル子爵家をめぐるよりも、呼び出して話をした方が効率がいい。理由としてはこういうことらしく、ロゼリアは思わず呆れてしまっていた。
これとは対照的な反応を示しているのが、ペシエラだった。本人の話では、逆行前にロゼリアを処刑した後でシルヴァノとは夫婦になった。それからは仲睦まじい生活をしていたので、それを思い出しているようなのだ。
さらにいえば、学園に入るまでシルヴァノと会ったことがなかったがために、幼い頃のシルヴァノを何度も見られたことが単純に嬉しかったようなのだ。ペシエラも意外とミーハーなところがあるものだ。
シルヴァノから許しを得たチェリシアがパクパクとお菓子を食べる中、四人による話はかなり盛り上がっていた。
しかし、その話は自分たちのことだけならまだしも、商会のことや領地のことにまで話題は及んでいた。さすがにここまで広がると、ふと疑問が湧いてしまう。
「シルヴァノ殿下、なぜこのようなことまでお話に?」
「父上と母上から、幅広いことに興味を持つようにと申しつけられているのでね。あと、個人的な興味からかな」
おそるおそる問いかけたロゼリアに対し、シルヴァノは屈託のない笑顔でこう答えていた。
ところが、ロゼリアは何かが引っかかる。
逆行前に最後の最後でひどい目に遭わされたためだろうか、ロゼリアは言葉の裏をつい探ってしまったのだった。
「どうしたのかな?」
「いえ、なんでもございません」
シルヴァノに声をかけられると、しれっとした様子で答えながら、紅茶を口に含もうとしている。危うく言いかけた言葉を飲み込みたいのだ。
「それにしても、三人と話をしていると、不思議と大人の人と話している感じになるね」
「ぶっほっ!」
唐突に放たれたシルヴァノの言葉に、ロゼリアは含んだ紅茶を危うく吹きかけてしまう。耐えたのはいいが、しっかりむせてしまっている。
「大丈夫、ロゼリア」
「大丈夫ですの?」
思わぬ事態に、チェリシアとペシエラがそろって慌てている。普段は落ち着き払っているだけに、それだけ心配になったようだった。
「な、何を仰られますか、殿下……」
どうにか持ち直したロゼリアは、引きつったような笑顔を見せてシルヴァノへと言い返している。
ところが、ロゼリアたちとすれば思い当たる節はある。なにせロゼリアは、十歳未満では使えないとされる魔法をバンバンと使っているし、言動も基本的に落ち着いている。育ち盛りの一桁のご令嬢とは思えないところがそれなりにあるのだ。
そのことを、よりにもよって因縁の相手であるシルヴァノから指摘されたことで、この時のロゼリアは慌ててしまったのだ。
「いや、失礼。でも、ロゼリアたちは見ていて飽きないよ。よければ、これからも時々城に遊びに来てほしいものだね」
「ぜ、善処いたしますわ」
シルヴァノの曇りのない笑顔に言われてしまえば、了承するしかないロゼリアなのである。
正直なところ、シルヴァノとは距離の取りたいロゼリアだったが、なぜかかえって親密になりそうな雰囲気である。
家に戻ったロゼリアは、それは頭を抱えて悶絶したのだという。
三人と王子の関係は、まだまだこじれそうな感じなのであった。




