第27話 目玉は石けん
商会の立ち上げに際し、本部の建設が始まってから一か月が経過する。
無事に建設工事が終了し、実に立派な建物がそこにはそびえ立っていた。
現場へとやってきたロゼリアたちは、その商会の建物を見て、あんぐりと口を開けてしまっていた。想像以上の立派な建物だったからだ。
問題の商会の名前だが、結局、マゼンダ侯爵家を前面に出した、『マゼンダ商会』というドストレートなものになった。共同出資者であるコーラル子爵家の出資金額は少ないし、コーラル子爵家のイメージもあんまりよろしくないからだ。
とはいえ、マゼンダ侯爵家の名前を前面に出したことで、周囲に対してかなりの牽制にはなるだろう。
さて、商会のシンボルはというと、両家の紋章を取り入れたものとはならなかった。ただ、商会で取り扱う品々の発案者であるチェリシアをイメージした果物のデザインを取り入れることになった。ちなみにこの果物というのは、マゼンダ侯爵領の特産品でもある。なので、結果として両家のシンボルを取り入れたものとなったのだ。
しかしながら、商会の建物が完成したとはいえ、ロゼリアたちのはゆっくりする時間はない。
それというのも、商会の発足に際し、王家に対して献上を行わなければならないからだ。それというのも、王家への忠誠の証であると同時に、取引相手として重要であるということを示す必要があるからだ。
もちろん、これに対しても、何もしていないわけではなかった。
油を作り始めてから数日後のことだった。
「石けんを作りましょう」
「石けん?」
すべてはチェリシアの唐突な発言からだった。
ロゼリアもペシエラも、何のことやら分からないという様子だったので、チェリシアは事細かに石けんについて熱く語っていた。
「香りづけをした石けんを作れば、貴族には間違いなく売れる。これはまさしく商機というものだわ」
説明を終えたチェリシアは、激しく燃えている。
この世界の洗体は、固く絞った濡れ布巾で体を擦るというもの。石けんというものが存在していなかったのだ。
だからこそ、ここまでチェリシアは熱くなっているというわけである。
「石けんの材料となるもののうち、油は先日作ったわ。となると、あとは強アルカリの液体。この世界で用意するには、薪の燃えカスと水が必要だわ」
ぶつぶつと独り言をしゃべり始めるチェリシアに、ロゼリアとペシエラはドン引きをしていた。
それはともかくとして、チェリシアは早速、石けん作りに取り掛かる。
よくは分からないものの、ロゼリアとペシエラはチェリシアの手伝いをさせられている。
石けんを作るための装置として、木で作った少し大きめの升を用意する。
普通の調理用の鍋に水を張り、その中に升を沈める。そこに水と油と薪から取った灰汁を入れて、混ぜ合わせながら温めていく。
根気強く湯煎で温めていった結果、水と油がどんどんと混ざり合っていき、どろどろの液体ができ上がっていく。
「よし、それじゃ、木枠を用意してしちょうだい」
チェリシアはそういって、底に板をはめ込んだ木枠を用意してもらう。
升をお湯から上げたチェリシアは、木の柄杓で中身をすくい上げ、型となる木枠へと流し込んでいく。
この状態から粗熱を取り、人の来ないような部屋の中でしっかりと乾燥させる。
七日間、しっかりと乾燥をさせたものを、チェリシアはしっかりと確認する。
「さぁて、前世のようにうまくいったかなぁ……?」
チェリシアは、ひとつを手に取って、水の中で手とともにこすり合わせる。
しばらくは何の変化もなかったものの、やがてしっかりと泡が立ち始めていた。
「うん、成功ね。香りづけもしておいたからいい香りもするし、これなら献上品として十分使えそうだわ」
満足したチェリシアは、水から取り出してロゼリアとペシエラにもしっかりと見せつけている。その際、ふんわりと漂った香りに二人も目を丸くしていた。
「全部天然素材だから肌にはいいし、マゼンダ侯爵家でも捨ててしまっているような果実の皮を細かくして刻み込んだ香り付きだから、これは間違いなく喜ばれるわ」
チェリシアはどういうわけか絶対的な自信をのぞかせている。
そのあまりにも浮かれる様子を見て、ロゼリアはつい笑ってしまっている。
「まったく、初めて見た時とはすっかり変わってしまったわね、チェリシア」
ぽつりと漏らせば、チェリシアは照れくさそうにロゼリアを見ている。
「いやぁ、あの時は前世を思い出したばかりでいろいろ不安だったからね。まさかいきなり悪役令嬢に呼び出されてのお茶会だなんて思ってもみなかったもの」
この言葉には、ロゼリアだけでなくペシエラもハッとしたようである。
見知らぬ世界に突然放り込まれたら、自分たちだってそうなる可能性があったと想像できたからである。
ロゼリアたちが黙り込む中、チェリシアはさらに何かやるつもりなのか、さらに鼻息を荒くしている。
「よーし、こうなったら今すぐにでも再現できそうな前世の物品をガンガンと作ってやろうじゃないのよ」
「お姉様、あまりやりすぎないようにして下さいませ。下手をすると、逆に目をつけられてしまいますわよ」
「分かったわよ、気をつけるわ」
やる気を見せているチェリシアだったが、ペシエラに指摘されてちょっとふて腐れていた。
とまぁ、こんなやり取りがあったのだ。
こんな感じでロゼリアたちは、商会の開業の日に合わせて、準備万端にして備えておいたのだった。




