第26話 そうだ、油だ
日を改めて、ロゼリアたちはコーラル子爵邸へと集まっていた。
「早速ですけれど、チェリシア」
「なんでしょう?」
ロゼリアから声をかけられたチェリシアは、首をひねりながらロゼリアを見ている。
何かと思えば、チェリシアの知る乙女ゲームの通りにイベントを起こしていってほしいという話だった。
それと同時に、ロゼリアはチェリシアに対して、ペシエラにあるものを渡してほしいと頼んでいる。それは何かというと、以前メモに書き起こしていた乙女ゲームのシナリオだった。
さすがの分厚さに、ペシエラもびっくり仰天である。
「なんなのよ、これ」
「私たちのお話を書いた、ゲームっていうものがあるらしいわ。ゲームっていうのは、観覧者側で物語を選択できる演劇ってところかしらね。まぁ、ひと通り目を通しておいてよ」
「わ、分かりましたわよ」
あまりの分厚さに嫌々といった感じではあるものの、ペシエラはメモに目を通すことにしたようだ。
その間、ロゼリアとチェリシアは話し合いを始める。
将来に対して不安のある二人は、学園に入る十三歳の春までに、あれこれと商品開発を進めるつもりのようだ。その中でチェリシアは油に対して特に執着をしているようである。
酢の時に話に出ていたドレッシングやマヨネーズはもちろんだが、揚げ物といった油を使う料理にも意欲があるようなのである。
「油だったら、動物や魔物から採取されるものが一般的よ。量を確保するとなると、それは乱獲レベルになってしまうわ」
「やっぱりそうよねぇ……。となると、やっぱり植物油かぁ。菜種にオリーブ、あと椿があればいいんだけど」
「菜種と椿なら、マゼンダ侯爵領にあるわよ。侯爵領だけど農業には力を入れているからね」
「それは本当?!」
ロゼリアの反応を聞いて、チェリシアはとても食いついている。
「え、ええ。手に入ったら、送ってもらうようにしてもらうけど、そんなに喜ぶものなのかしら」
「ええ、それはとてもいいことだわ。油の取りすぎはよくないけれど、油を使った料理はおいしくなるからね」
「よ、よく分からないことだわね」
チェリシアの反応を見て、ロゼリアは困惑をしていた。
「お姉様、オリーブでしたら、コーラル領にございますわよ。シェリアよりも東側の海岸ですけれど、塩害にも負けずにしっかりと実をつけていましたわ」
「ええっ? コーラル領にもあるだなんて、これはラッキーだわ」
シナリオに目を通しているペシエラが話に割り込んできていた。その話を聞いたチェリシアはそれは目をキラキラとさせて喜んでいた。
そこで早速、菜種と椿とオリーブの実を王都に運んでもらうようにプラウスを通じて頼み込む。商会の立ち上げ時期なので忙しいとはいえ、娘の頼みを無下に断れないプラウスだった。
その後、部屋に戻ってきたところで、ペシエラがシナリオについて三流だとか文句を言っていた。よっぽど自分の役どころが気に食わなかったのだと思われる。その姿に、チェリシアは思わず笑ってしまっていた。
それから二十日ほどが経過した日のことだった。
コーラル子爵邸には木箱が届けられていた。
中身を開けてびっくり。詰め込まれていたのは菜種とオリーブの実だった。椿はさすがに収穫するには時期がずれていたとあって、そろえられなかったようである。
「ああ、菜種とオリーブだわ。これで油が手に入るわ」
「へぇ、これからどうやって油を取るのかしら」
目の前の果実を見ながら感動しているチェリシアに、ロゼリアが質問をしている。
そこでチェリシアは、実際に作ってみせながら、説明をすることにしたようだ。
菜種をなら鍋に並べ、炒り始める。十分に水分を飛ばすと、この時のために作ってもらった石臼へと炒った菜種を入れていく。
石臼でしばらく挽いていると、じわーっと液体がしみ出してきていた。
「これが菜種油の素。これをこして不純物を取り除けば、菜種油の完成よ」
説明を聞いたロゼリアたちは驚いた表情を浮かべている。
そんなことをしている間に、今度はオリーブオイルの精製に取り掛かっていた。
「オリーブオイルは、オリーブの実を潰して果汁と油を最終的に分離させます。潰すのにはちょっと力が要りますし、べたべたするので気を付けて下さいね」
説明を聞いて、腕っぷしの強い使用人がアリー部の実を潰していく。確かにべたーっとした感じの液体が出てきたので、使用人はぎょっとした顔をしていた。
いろいろとした騒ぎがありながらも、どうにかワインの瓶一本分の油が作り出すことができた。中身が何か分かるように木札をぶら下げると、しっかりと栓をしておいた。
こうして無事に油ができ上がったわけだが、これだけで終わるチェリシアではなかった。
「さぁ、油ができたんですから、揚げ物をしますよ!」
なんともまぁ、食事の時間が近付いていたこともあってか、料理をする気満々のようである。
作ったばかりの油を鍋に張り、かまどの火にかけて熱していく。
温めている間に水溶きの小麦粉とボア肉を用意している。
しばらくして、油に水溶きの小麦粉を垂らし、温まり具合を確認する。
「よしっ!」
程よいタイミングだと思ったチェリシアは、静かにボア肉を流し込み、油で一気に揚げていく。
浮かび上がっていい感じの色になったところで油から取り出す。
「どう、これが私特製のボアカツよ!」
チェリシアは自信たっぷりの表情を浮かべている。
ロゼリアやペシエラといった現地人たちは、まったく何のことやら分からずに反応が薄い。
分からないからこの反応も仕方ないなと思いつつ、チェリシアはボアカツを全員に行き渡るように切り分けていく。
「それじゃ、まずは私が毒見も兼ねてっと」
チェリシアはなんとも不穏なことを言いながら口へと運んでいる。
サクッという音ともに、チェリシアは満足した表情を浮かべて頬張っている。
「うーん、これよ、これ。ああ、おいしいわ」
あまりにもおいしそうに食べるものだから、ロゼリアたちも気になって口に入れている。
「こんな食べ物があったなんて信じられないわ」
「うおおっ、チェリシアお嬢様は天才だ!」
「こんなおいしいものができるのなら、油作りも頑張れますね」
かなり好評だったよう様子で、チェリシアも満足そうに笑っている。
こうしてまたひとつ、いや、ふたつ、コーラル子爵邸から新しい文化が生まれたのであった。




