第24話 事は大きく
あれからというもの時が経ち、ロゼリアとチェリシアは九歳、ペシエラは六歳となっていた。
この一年というもの、お城から呼ばれることもなく、三人は今日も互いに交流をして親睦を深めている。
そんなある日のこと、マゼンダ侯爵邸を訪れていたチェリシアが、厨房を借りて何かを作っている。
「ついに、ついにできたわ!」
チェリシアが叫ぶので、一緒になってその様子を眺めていたロゼリアとペシエラが思わずびっくりしてしまっている。
「まったく、なんなのですか、このどろどろとした液体は」
「そうよ、お姉さま。ご説明下さいませ」
チェリシアの目の前にある鍋を覗き込んで、二人揃って顔をしかめてしまっている。
二人の反応を見てみても、チェリシアはとても落ち着いている。
「まあまあ、二人とも。小皿に取るからちょっとなめてみてよ」
厨房にいる料理人に頼んで、小皿とスプーンを用意してもらうと、小皿にひとすくいして二人に渡している。
スプーンでひと口含んでみた結果、二人とも微妙な反応を示していた。
「これは、何かしら」
「これは、ソースというものよ」
ロゼリアが質問すると、チェリシアは自信たっぷりに胸を張って答えていた。
「私の前世では一般的にありふれた調味料なのよ。野菜などを煮込んでいって、塩や酢、砂糖などで味を調えるの。今回は作りたてを味わってもらったけれど、瓶などに入れてしばらく熟成させると、もうちょっと深い味わいが出るわ」
二人を目の前にして、うんちくを垂れている。
ところが、チェリシアの説明はこれだけでは終わらなかった。
「本当はドレッシングとかマヨネーズも作りたかったんだけど、油と卵が手に入りにくいでしょ。あーあ、せっかく酢が手に入ったっていうのに、もったいないわ。ボアの肉は脂身が少ないし、ぐぬぬぬぬ……」
続けざまにまたよく分からない単語が出てくる。これにはロゼリアとペシエラはどう反応していいのか困っているようだ。
そんなよく分からないことを言い続けるチェリシアの横では、完成した時の行動を頼まれていた料理人がてきぱきと動いていた。
「チェリシア様、肉の準備が整いました」
「あっ、ありがとうございます」
料理人の声に我に返ったチェリシアは、サイコロほどの大きさに切り分けられた肉に、自分が作ったソースをかけて回っている。
得体の知れない赤みの強い茶色い液体がかけられていき、料理人たちは戦々恐々としている。
まずは、造った本人であるチェリシアがまったく気にしないで口へと放り込んでいる。
「うん、この味よ。ああ、ついにたどり着いたのね」
肉をかみながら、恍惚とした満足げな表情を浮かべている。
あまりにも幸せそうな豊穣を浮かべているので、ロゼリアもそれに続いて肉を口に放り込んだ。
「うんっ、これは……!」
肉を食べてみたロゼリアが、カッと目を見開いている。
「どうなの、ロゼリア……様」
気になったペシエラが、渋々といった感じで”様”をつけながらロゼリアに問いかけている。なにせマゼンダ侯爵家の料理人がいる前だ。年下の自分が”様”なしで呼べるわけもないのである。
「変な味だと思ってたんだけど、肉の味とケンカしない。むしろ逆、意外と合っているわね」
ロゼリアからも意外と好評だった。
その様子を受けて、ペシエラや料理人たちも口に入れている。その結果は好評。これにはチェリシアも満足である。
「ねえ、ロゼリア様」
「なにかしら、チェリシア様」
「これはいっそのこと、ロゼリア様のマゼンダ侯爵家と私たちコーラル子爵家が合同で、商社でも立ち上げてみませんかしら」
チェリシアは実に悪い顔をしてロゼリアに事業の話を持ち掛けている。この提案にはロゼリアはちょっと難色を示している。
「んー、お父様に相談してみる価値はあるとは思いますけれど、私の一存では了承できないですね。とはいいましても、ワインビネガーの本格的な生産も始まりましたし、流通経路は必要ですものね」
「わたくしも賛成ですわね。いつまでもお父様の領地を”場末の辺境地”などと呼ばせたくはありませんわ。とっとと返上してあげますわよ」
ロゼリアはやや消極的だが、乗り気のようだった。ペシエラの方は全面的に賛成のようだ。逆行前のつらい経験から、さっさと抜け出したいようだ。
この時、ペシエラがもうひとつ提案をする。
「ロゼリア様、この話をお進めになるのでしたら、カーマイル様も巻き込んで下さいませ」
「どうして?」
「逆行前のマゼンダ侯爵領の滅亡に、カーマイル様の裏切りがあるからですわ。悲劇を防ぐというのであるのでたら、カーマイル様をわたくしたちの側に引き込んでおく方がよろしいですわよ」
「なるほどねぇ……。どおりで、私の断罪がスムーズに進んだはずですよ」
ペシエラからの話を聞いて、ロゼリアは逆行前の断罪劇の異例の進み具合に納得がいった。兄のカーマイルが、マゼンダ侯爵家を売ったからだった。
「その件はお任せ下さい。とりあえず、今日の食事の席で話題に出してみます。チェリシア様とペシエラ様も、コーラル子爵様に同じように話をしてみてください」
「分かりました」
「当然ですわね」
ロゼリアが決意をしたような表情を見せると、チェリシアとペシエラもこくりと頷いている。
どうやら、ここまでチェリシアが打ち出した様々な売り出すために、ひとつ大きな賭けに出るらしい。
まだ二けたにもならない子どもたちが考え出した計画が、今、実行に移されようとしていた。




