第23話 ワインビネガー
ロゼリアたちの協力関係が結ばれている頃、マゼンダ侯爵邸ではいうと……。
ヴァミリオは今日も、書類の山と格闘をしていた。それというのも、ロゼリアから酸っぱくなったワインのことで頼まれごとをしていたからだ。通常は破棄されるところにあるものを王都へと運ぶのである。かなり大掛かりな移動なので、そのための書類を作成しなければならなかった。
なぜこんなことをするかというと、王都への持ち込みには大きな制約があったからだ。
「面倒な作業ではあるが、今まで捨てていたものに活路が見出せるのであれば、この程度の書類作成など苦にもならぬ。娘たちの喜ぶ顔を見られるのであるならなおさらだ」
「まったく、旦那様は嬉しそうですな」
「当然というものだぞ、ハイビス」
書類の処理を手伝う侍従のハイビスのからかいに、ヴァミリオは当然と言わんばかりに笑っていた。
「さて、もう数日中に荷物が届くな。ハイビス、コーラル子爵のところに出向いて、受け入れの準備を始めさせてくれ。その間、カーマイルに仕事を手伝わせる」
「承知致しました。坊ちゃまももう十二歳ですものね。来年には学園へと入学なさいますし、仕事に触れるにはよい時期かと」
「そういうことだ。ロゼリアのことを頼むぞ」
「お任せ下さいませ、旦那様」
話もほどほどに、ハイビスはカーマイルに声をかけてから、コーラル子爵邸へと向かっていった。
その翌日のこと、チェリシアが楽しみにしていた酸っぱくなったワインが王都に届いた。
運び込まれたのは、コーラル子爵家の厨房である。思ったよりも大きな樽に、ロゼリアたちはびっくりしていた。
「うわぁ……。こんな樽、テレビでしか見たことないわよ」
チェリシアがよく分からない単語をしゃべっている。
「こちらが、酸っぱくなったワインであります。ご確認くださいませ」
マゼンダ侯爵家からは侯爵の侍従であるハイビスとロゼリア、ロゼリアの侍女であるシアンがやってきていた。ヴァミリオは仕事が片付かないので来れなかったようだ。
中身の確認は、チェリシアが行う。
本来であれば八歳の少女にこんなことをさせるものではない。だが、この中で酢のことを知っているのはチェリシアだけである。そのため、特例でやむなくといったところで任せることとなった。
ちなみにだが、アイヴォリー王国内では学園を卒業するまでお酒を飲むことができない。なので、大体の貴族は卒業式の席で初めてお酒を口にすることになるのだ。
「では、チェリシア嬢、お願い致します」
「はい」
樽に取り付けられたコックから、少量の液体をコップに注ぐ。
コップを手にしたチェリシアは、まずはにおいをかぎ、少量口に含む。転がすように味わうと、近くに用意された桶へと吐き捨てる。
「はい、間違いありません。これは酢ですね。まだお酒が残ってはいますけれど」
チェリシアは断言していた。
この風味を覚えてもらうために、チェリシアはマゼンダ侯爵家からやってきているハイビスとシアンにも軽く口に含んでもらう。
「うっ……」
酸っぱさに慣れない二人は顔をしかめていた。
だが、これからは酢も生産してもらわないといけないので、チェリシアは二人に必死に味を覚えてもらっていた。
酢の味の話が終わると、チェリシアは別の作業に取り掛かる。
昨日、ロゼリアが帰った後に用意してもらった肉を取り出したのだ。取り出した肉は、比較的ありふれたボアの肉。
その塊をある程度の大きさに切り分けて、その一部を浸るほどの酸っぱくなったワインに漬け込む。
残りはさらに細かく切り分け、たまねぎや人参といった前世でもおなじみの野菜とともに軽く炒め、それを深鍋に入れてぐつぐつと煮込み始める。
灰汁が出始めたらそれをこまめにすくって捨てていく。
十分対処できたと確信したチェリシアは、残りをコーラル家の料理人に任せ、別のかまどに火を入れる。
先程酸っぱくなったワインに漬けこんだ肉を取り出し、それを串に刺して焼き始めたではないか。
こうしてでき上がったのが、ボア肉を使ったステーキとスープだった。チェリシアはでき上がった料理を小分けにして、その場に集まっていた全員に試食してもらった。
「ううっ、や、柔らかいだと?!」
「いやぁ、筋の多い肉を用意されるように頼まれた時はどうかと思いましたが、まさかここまでになるとは思いませんでしたよ」
食べている料理人たちが思わずうなってしまっていた。
頼んだチェリシア自身もかなり満足気味である。
「こんな柔らかい肉、食べたことがないですよ」
「わたくしもですわ。お姉様って、もしかして天才なのかしら……」
ロゼリアとペシエラにもこんな風に言われてしまうくらいだった。
試食が終われば、ハイビスから褒められた上で、思いついた理由を尋ねられるチェリシア。
「変な夢を見ただけです。それを覚えていて実行したにすぎませんよ」
「しかしですね……」
「女性には秘密がつきものなんですよ」
変なごまかし方をするチェリシア。納得がいかずに一度食い下がったハイビスも、ここまで言われてしまえばそれ以上の追及はできなかった。
無事に酢の確認と試食会を終え、ロゼリアが侯爵家に戻ろうとすると、チェリシアが話し掛けてきた。
「そうです、ロゼリア様。おひとつ、頼みがございます」
「なんでしょうか、チェリシア様」
「今度、実だけで作ったワインもお願いしますね。そちらは白ワインといいまして、コーラル領のお魚と相性がよろしいですから」
「分かりました。お父様にお伝えしておきますね」
どうやら今回は種や皮も使った赤ワインだった模様。そこで、別のワインの作り方を教えたようだった。
酢が手に入ったことと白ワインの作り方を教えたチェリシアは、それは満足そうな表情を浮かべてロゼリアたちを見送ったのだった。




