第20話 走る衝撃
お城でのお茶会から数日後、マゼンダ侯爵邸に一報が入る。
先日、チェリシアから求められた酸っぱくなったワインが発見されたということだった。去年までは捨てられていたということなので期待できないと思われたのだが、まさかあるとは思ってもみなかった。
この話は、シェリアへの視察の帰りに、チェリシアからロゼリアを通してヴァミリオに頼まれたものだった。侯爵はすぐに領地へと使いを出して、あるかどうかを確認させていた。
それからしばらくして、この報である。ロゼリアはほっとしていた。
すぐさま先触れを出し、ロゼリアはチェリシアに会いに行くことにする。酸っぱくなったワインが見つかったことを伝えるためだ。
「チェリシア、連絡通りにやって来たわよ」
「これはロゼリア様。ようこそおいで下さいました」
ロゼリアは二人っきりの時のように話しかけるが、チェリシアは他の人がいるために令嬢らしく挨拶をしている。
転生者とはいっても、さすがに礼節はちゃんと弁えているというわけだ。
挨拶を済ませた二人は、早速チェリシアの部屋へと移動する。いろいろと二人だけでしかできない話ゆえに、使用人たちには部屋から出ていくようにお願いしていた。
テーブルを挟んで向かい合って座る二人。出されたお茶を少し飲むと、ロゼリアが話を始める。
「チェリシア、先程我が家に領地からの報告が入りました」
ロゼリアからの言葉を聞いて、チェリシアはこてんと首を傾げている。無駄に可愛らしい仕草である。
思わずくすくすと笑ってしまうロゼリアだったが、すぐさま表情を引き締めて話を続ける。
「以前、チェリシアが所望していた酸っぱくなったワインのことよ。お父様の命令で領地の侯爵邸などを探して回った結果、酸っぱくなったワインが発見されたらしいわ」
「ええっ、それって本当?」
「本当よ。見つかった分だけ、樽のまま王都まで運び込むことになったそうだから、そうね、五日ほど待っていてもらえるかしら」
ロゼリアが到着の見込みの時期を伝えると、チェリシアは無言でぶんぶんと頭を前後に振っている。相当に嬉しいようだ。
一体チェリシアがどうする気なのか分からないものの、ここまで喜んでもらえるのならと、ロゼリアはつい頬を緩ませてしまっていた。
チェリシアの嬉しそうな表情を浮かべている中、部屋の外がなんだか騒がしくなってしまう。
「ペシエラお嬢様、チェリシアお嬢様はご友人との歓談中でございます。我慢なさってください」
「嫌よ。わたくしだけ仲間外れだなんて、許せませんわよ」
どうやら、ペシエラがわがままを言っているようである。
次の瞬間、ノックもなく唐突に扉が開かれる。扉の向こうからは、両手を広げた状態で立っているペシエラが姿を見せた。
「お姉様! その女とばかり付き合ってらっしゃらないで、わたくしと遊んでくださいませんこと?」
実に丁寧な言葉づかいではあるものの、言っていることはただのわがままである。どうやら、チェリシアとロゼリアを引き離したいようである。
「ペシエラ、わがままはダメよ。私はロゼリアと大事な話をしているんです。お願いだから、自分の部屋に戻ってちょうだい」
部屋に入ってきたペシエラに対して、チェリシアは姉としてしっかりと叱っている。ところが、その様子を見ていたロゼリアは、あんまり気にしていない様子を見せている。
すっとロゼリアは立ち上がり、ペシエラへと近付いていく。
「な、なにかしら……」
いきなり近づいてきたロゼリアに、ペシエラは警戒している。
「私は別に、ペシエラちゃんがいても気にしないわよ。いや、むしろいてくれた方がいいかもしれないわね」
「どういうこと?」
思わぬロゼリアの行動に、チェリシアもペシエラも困惑しているようである。
「初めて会った時からずっと向けられていたその敵意に満ちた瞳。すごく見覚えがあるわ」
ロゼリアはそう言いながら、ペシエラの正面に立っている。
ペシエラの方は、歯を食いしばりながら、とても五歳とは思えないような表情を浮かべている。
ペシエラの表情を見たロゼリアは、何かを確信したような笑みを浮かべている。
「……ペシエラちゃん、あなた、気が付かれていないと思ったかしら?」
「な、何のことかしらね」
ロゼリアが尋ねると、ペシエラはしっかりと目を見たままはぐらかしている。
「あなた、本当はチェリシアのことも気に食わないのでしょう?」
「ちょっと、ロゼリア。あなた、何を言っているの?」
ロゼリアの物言いを聞いて、チェリシアは困惑している。ロゼリアのいうことがまったく理解できないからだ。
「初めて会った時から私に向けられている視線。見たことない人物であれば、怯えるような視線を向けると思われるけど、あなたが向けていたのは明らかに敵意を持った視線だった。それまで接点がなかった私に対して、普通ならありえない話よね」
理詰めで迫ってくるロゼリアに対して、ペシエラはまったく何も言い返せないでいた。
ペシエラの正面から外れたロゼリアは、一度チェリシアへと視線を向ける。
「ちょうどいい機会だから、はっきり言いましょうか」
ロゼリアがこういえば、チェリシアは驚いたまま黙っているし、ペシエラは何かを言いたげにロゼリアを睨んでいる。
だが、ロゼリアはその状況に構わず、結論をぶつける。
「ペシエラ・コーラルは、私と同じように時を遡ってきたチェリシア・コーラルその人だわ」




