第132話 プラティナの焦り
その日は多少の魔法を使いながら、ほとんどが剣の稽古に費やされた。
夜に合宿の宿舎となっているアクアマリン子爵の別荘の部屋へと戻ったプラティナは、椅子に座りながら今日のことを振り返っている。
(剣の腕も、魔法の腕も、わたくしはまったくペシエラ様に敵いませんわね。あれが、殿下の婚約者となった方の腕前なのですね。到底足元にも及びませんわ)
二日連続で目の当たりにしたペシエラとの実力差に、プラティナは思わず自信を失いかけている。
プラティナの家はスノーフィールド公爵家。
父親は剣の腕も魔法の才もある人物であり、その第二子となる長女として生まれたプラティナもまた、父親に対して憧れを持つようになった。さらには公爵家の者として女王の座も視野に入るため、幼少の折から剣や魔法に打ち込んできた。そのことによりプラティナは同世代の中でも秀でた実力持つほどとなった。
ところが、そんな彼女の前に現れたのが、三歳年下になるペシエラだった。自分よりも年下であるにもかかわらず、剣の腕も魔法の才能もはるかに上を行く存在。それがゆえに、プラティナは憧れと嫉妬の感情を抱いてしまっていた。
あの子には負けられない。そう思っていた。
何か弱点を探ろうとしてお茶会に誘うなどして何度となく様子を窺っていたものの、少々のわがままこそ見られたが、明らかに子どもとは思えない能力や思慮の深さを見せていた。
さらには、学園に入った時の試験に去年の合宿、とどめに武術大会と様々な行事を経て、プラティナはペシエラには勝てないと悟った。だからこそ、おとなしく指導を受けたのである。
「ペシエラ様は周りもすごい方ばかりです。ロゼリア様、チェリシア様、それとアイリス。……わたくしにはそういう方々はいませんね」
プラティナはため息をつくと、部屋を出ていく。
教官に声をかけて木剣を受け取ったプラティナは、別荘の外に出て、少し広い場所へとやって来る。
たとえ敵わなくてもいい。少しでもその境地に近付きたい。衝動に突き動かされるかのように、プラティナは一心不乱に木剣を振り始めた。
「違う。ペシエラ様の剣はこんなものじゃないわ」
見せてもらったペシエラの剣技を思い出しながら、何度も首を横に振りながら、それでもただひたすらに振り続けた。
しばらく経った時だった。
「誰?!」
なにやら気配がして思わず振り向いてしまう。
「おっと、気づかれちゃいましたか」
「ぺ、ペシエラ様?」
ペシエラが姿を見せたのだ。
「どうしてここに」
「廊下を歩いていたらプラティナ様の姿が見えましたのでね、様子を見に来たのですわ。ずいぶんと必死になっていらっしゃいますね」
無表情でゆっくり歩いてくるペシエラに、プラティナは少し恐怖を感じる。
「まったく、怖がられてしまうのは心外ですわね」
プラティナが少し後退ったこともあってか、ペシエラは少しショックを受けているようだ。
「プラティナ様、焦っていてはかえって剣を鈍らせます。一度冷静になることをお勧めしますわ」
困ったような顔をしながらも、ペシエラはプラティナにアドバイスを送っている。
ただこの言葉、プラティナには妙に説得力があるように感じられたのだ。
「あと、ここはアクアマリン子爵領ですからそう心配ないとは思いますが、ご令嬢として夜間の出歩きは感心しませんわね。また明日、わたくしがしっかりと面倒を見ますから、今日のところはお休みしましょう」
「はい、分かりました」
そういうこともあってか、ペシエラから向けられた忠告を、プラティナはすんなりと受け入れていた。
別荘に戻って木剣を返すと、プラティナはおとなしく休んだのだった。
そして、合宿四日目を迎える。
今日のペシエラはプラティナと完全に一対一である。
空はほとんど雲のない晴れ渡った天気で、特訓をするには絶好の状況だった。
今日も昨日と同じように、ペシエラの作り出した土人形をひたすら剣で攻撃するというもの。今日使っているのは、普通の木剣である。
「プラティナ様、最初にアドバイスを致しますわ」
ペシエラはそういって、木剣を手に取って何かをしているようだ。次の瞬間、木剣が少し淡く光り出していた。
「こ、これは?」
「魔力コーティングというものですわね。魔法剣の一種と思ってもらってもよろしいかと。属性を乗せない純粋な魔力で剣を覆うことで、剣の強度と鋭さを増す方法ですわね」
「ふむふむ」
プラティナは素直に話を聞いている。
最初にペシエラが実演をしてみせるが、土人形が面白いように斬れてしまっていた。
ペシエラにこれができるようになりなさいと言われたプラティナは、早速剣を握って集中を始めたのだった。
最初の間は、うまく制御できずに土人形に弾き返されてばかりだった。それでもさすがはそもそもの才能があるようで、次第に攻撃が通るようになっていく。
ちなみにこれ、乙女ゲームでは攻略対象のうち、ペイルとオフライトが身につけていた技術である。おかげで二人には攻撃補正が乗り、攻略が楽だったというのがチェリシアによる話である。
段々とプラティナがコツをつかみ始めた時だった。
「じ、地震?!」
突然、地面が激しく揺れ始めた。
しばらくすると、ペシエラのところにアイリスが走ってやって来た。
「ペシエラ様、大変でございます!」
「どうしたのです、アイリス」
「蒼鱗魚から報告があって、強い魔力の気配を感じ取ったそうです。もしかしたら、去年のようなことが起きるかもと」
「なんですって?!」
アイリスからの報告は、去年のような魔物による襲撃が起きるかもというものだった。
その知らせを聞いたペシエラの表情は一瞬で強張ってしまう。
ただならぬ緊張感が、その場に漂い始めたのだ。




