第131話 師匠ペシエラ
二年次の夏合宿が始まって三日目。約束通り、魔法科の訓練にプラティナが参加してきた。
昨日はペシエラに武術科に来てもらったので、今日は逆にプラティナがやって来たというわけである。公爵令嬢の登場に、魔法科の学生たちからはどよめきが起きている。それだけ予想外だったということだ。
それだけならいいものの、これだけ多くの学生の前でペシエラに対して頭を下げている。
「ちょっと、プラティナ様。なぜ頭を下げていらっしゃるのですか。頭をお上げくださいませ」
ペシエラが慌てて声をかけるものの、プラティナは頭を下げたままになっている。
「いいえ、ペシエラ様は間違いなく将来の女王になられるお方。ならば、わたくしごとき、首を垂れて当然なのです」
「まだ、気が早いですからね。婚約者に決まっただけなんですから。とにかくお上げください」
ペシエラの慌てっぷりを受けて、プラティナはようやく頭を上げている。
どうやらプラティナの中ではすでにペシエラは未来の女王と確定しており、そう信じて疑わないようなのだ。だが、さすがに状況が状況だったがために、ペシエラは周りからの視線が痛くてたまらなかった。
「お姉様、ロゼリア。わたくしはプラティナ様と二人で特訓をしてきますので、アイリスのことをよろしく頼みますわ」
とにかく場所を移そうということで、ペシエラはロゼリアとチェリシアに声をかけて、他の魔法科の学生たちから距離を取っていた。
視線から逃れたいのは当然だが、特訓中に剣戟やら魔法やらで他の学生たちを巻き込まないようにするという配慮からである。
魔法の特訓を始めて分かったのだが、プラティナの得意属性は、スノーフィールドという家名に違わぬ水属性。それ以外に風と闇属性にも適性が見られた。
ただ闇属性のことはプラティナは知らなかったらしい。王家の分流である公爵家なので、光属性と対になる属性に適性があるのは問題があるとして秘匿されたのだろう。
ただ、魔力の量は十分なくらいにある。この辺りはさすが公爵家といったところだろう。
「魔法はだいたいわかりましたわ。それでは、剣術の方も見て参りましょうか」
ペシエラはそういうと、土魔法で二振りの剣と的となる人形を作り出す。
「それでは、この剣でこの人形を斬ってみましょうか」
剣を差し出しながら、真顔でやることを伝えてくる。剣を受け取ったプラティナは、黙ったままこくりと頷いている。
将来的にはオフライトとの結婚が控えているプラティナだ。剣術の腕前も上げておきたいのだ。
土人形に対して、プラティナは斬りかかる。
だが、プラティナの一撃は、あっけなく弾き返されてしまう。
剣は折れない。人形も傷がつかない。ペシエラの魔法の質の高さがよく分かる現象だ。
たった一撃弾き返されたくらいで、プラティナは諦めない。しっかりと土人形を見据えて、剣を素早く正確に叩き込んでいる。
ちなみにだが、今日のプラティナの服装は、パンツスタイルではなく通常の制服だ。魔法科の授業ということもあるのだが、ペシエラから強く念を押されたので、その通りの格好で来たのである。
ペシエラの制服もそれなりにひらひらではあるが、公爵令嬢であるプラティナの制服はそれ以上にひらひらとなっている。間違いなく動きづらいはずだ。それでも、しっかりと剣を振るって土人形へと斬りかかっている。
「あっ、つぅ……」
さすがに何度も弾き返されているうちに、プラティナは痛みに顔を歪め始めている。土人形に対して、かなり力任せに斬りかかっているからだ。
土人形は予想以上に硬く、力任せに一撃を叩き込むと、その力がそのままダメージとなって跳ね返ってくるようだ。
「ダメですわね。わたくしが手本を見せて差し上げますわよ」
苦痛に表情を歪めているプラティナを見ていられなくなったのか、ペシエラがプラティナを制して前へと出てくる。プラティナは驚いていたが、ここは素直に言葉に従っている。
代わりに出てきたペシエラは、じっと自分の作った土人形へと視線を向けている。
「力任せで行うものではないですわよ。何のための魔力ですか」
そういうと、ペシエラはプラティナと同じように、土人形に対して剣をひと振りする。
なんということだろうか。ペシエラの一撃は土人形に弾かれることなく、そのまま最後までしっかりと振り抜かれていた。
「このようにするのですわよ」
ペシエラが振り返ってプラティナに顔を向けると、それと時を同じくして土人形の上半分が、ずるりとずれて地面へと落ちていた。プラティナがあれだけ叩き込んでびくともしなかった土人形が、あっさりと斬られているのである。
この現象にはプラティナは当然だが、その様子をちらちらと見ていた魔法科の学生たちも驚かされていた。
「今の、分かりましたでしょうか」
土人形を斬ってみせた土剣を目の前に差し出しながら、ペシエラはプラティナに笑顔を向けている。
しばらくはペシエラのすごさに圧倒されて呆然としていたが、ペシエラの声で我に返ると、その表情をぎゅっと引き締めている。
「なんとなくですけれど、分かった気がします」
「それでは、もうちょっと頑張ってみましょうか」
にっこりと微笑むペシエラは、再び土人形を作り出す。
再び剣を構えたプラティナは、お昼の休憩を迎えるまでの間、ひたすら土人形に対して剣を振るい続けたのだった。




