第130話 カリスマ
その夜、部屋に戻ってきたペシエラは、ロゼリアから声をかけられる。
「聞いたわよ、ペシエラ。木剣を叩き折ったそうね」
なんと、武術科でやらかしたことがロゼリアの耳にまで届いていたのである。これにはペシエラもびっくりだ。
「仕方ありませんわよ。プラティナ様が本気でございましたから、わたくしだってそれ相応でお相手をするしかありませんでしたもの。ただ、あんな風に折れてしまうとは思いませんでしたけれどね」
驚かされはしたものの、ペシエラは冷静に言い訳をしている。
ただ、そのロゼリアの後ろでは、チェリシアがにやけたような顔をしながらアイリスに声をかけている。この様子から察するに、ペシエラの味方はいないようである。
「にしても、呼び出されたと思ったら、プラティナ様のお相手をさせられていたのね」
「本来、教官も含めた武術科の誰かが相手になるべきところだけど、なるほど、公爵令嬢であるプラティナ様のお相手をするのを嫌がったのね」
「そういうことなんですね。それで、シルヴァノ殿下の婚約者であるペシエラ様に声をかけたわけですか。ペイル殿下を打ち負かした実績がありますものね」
ペシエラ以外の三人が、状況を理解して呆れてしまっている。
教官たちも多くは貴族の次男次女以下という立場。学生たちも伯爵家以下という状況。公爵家相手となると、いくら学園の行事とはいえど相手をすることに戸惑ったのだ。下手をすれば(物理的に)首が飛びかねない。保身に走ったというわけだった。なんとも酷い話である。
四人がいろいろと話をしていると、部屋の扉が叩かれる音が聞こえてきた。
「ペシエラ様、いらっしゃいますか?」
噂をすれば影。誰の声かと思えば、プラティナの声だった。
ちょうど今話をしていたということもあり、ロゼリアたちはプラティナを部屋の中に招き入れる。
「どうなさったのですか、プラティナ様」
ロゼリアが質問をする。ところが、プラティナはなぜか少し話すことをためらっているように見える。
そうかと思うと、胸に手を当てて、一度深呼吸を行っている。
「実は、お願いがあってやってまいりました」
気持ちを落ち着かせたプラティナは、ペシエラへと視線を向けながら理由を告げている。
当然ながら、これだけではよく分からないので、さらに話を聞いてみようとするロゼリアたちである。
どうやらプラティナは、ペシエラに剣と魔法の両方を見てもらいたいがために、この部屋を訪ねてきたようだ。しかも、ペシエラに対して頭を下げているので、ロゼリアたちの驚きを誘っている。
「わたくしは公爵家の者として、これまでしっかりと研鑽してきたつもりでございます。ですが、上には上がいるということを、今回改めて実感させられました。そこで、今回は合宿ということもあって、しっかりと鍛えさせてもらいたいと思い至ったのです」
ロゼリアたちにも視線を向けながら、プラティナは真っすぐな瞳で自分の想いを語っている。その真剣な目に、ロゼリアたちは黙って聞き入っている。
「もちろん、ペシエラ様がシルヴァノ殿下の婚約者に決まったから媚びるとか、うらやましく感じているとかそういうことではございません。わたくしははっきりと、この力を誰がために使うのかということを結論付けられたのです」
胸を張って言い切るプラティナなのだが、その視線はペシエラにほとんど向いているし、どことなく顔が赤くなっているように見える。
この表情を見た瞬間、この手のことには敏いチェリシアはなんとなく気が付いたようである。
(そっかそっか。ペシエラこそが本来のヒロインですものね。ヒロインにはそもそも人を引きつける何かが備わっているもの。それに加えて、剣の腕よし、魔法の才能よし、面倒見もよしとくれば、公爵令嬢様も落ちちゃうわよねぇ)
「……お姉様、気持ち悪いですわよ」
「あっ、ちょっとつい」
顔をにやつかせているチェリシアに、すかさずペシエラのツッコミが入る。注意をされたチェリシアは、舌をちらりと出しながら謝っている。二人の様子を見ていたロゼリアは、チェリシアが何を考えていたのかが分かって、少し顔を引きつらせている。
結論を引き延ばしていたペシエラは、ずっと向けられるプラティナからの熱いまなざしに、いよいよ折れたようである。
「仕方ありませんわね。公爵令嬢であるプラティナ様にここまで懇願されてしまいましては、伯爵令嬢であるわたくしが断れるわけもございませんわ。そのお話、引き受けさせていただいますわよ」
「ありがとうございます。よかったぁ……」
断り切れないと感じたペシエラが了承の返事をすると、プラティナは胸の前で両手を組んで、とても嬉しそうな表情を浮かべている。
「ですけれど、爵位が上かつ、年上だからといっても、手加減は致しませんわよ。覚悟をなさってくださいませ」
「はい、もちろんですとも」
ペシエラは自分から頼んできたのだから、厳しくても恨みっこなしという条件を突きつけるも、プラティナは真剣な表情で返事をしている。覚悟は本物だ。
こうして、この合宿の間だけかもしれないが、ペシエラに年上の弟子が誕生したのであった。




