第13話 塩を作ろう
まるっと一日の視察を終え、翌日のことだった。
ロゼリアとチェリシアは、視察団一行の一員として海岸へとやってきていた。
今日はいよいよ塩の精製に取り掛かることになる。ロゼリアたちの目の前には、木製の大きな桶が置かれている。これは、昨日のうちにコーラル子爵が命じて作らせたものだ。
「あれっ、桶の角っこに網がつけられているわね」
「あっ、気が付いたかしら、ロゼリア」
二人でこっそりと話をしている。
チェリシアによれば、この網は汲み上げた海水を桶に流し入れる時に注ぎ口として設置したものなのだとか。ここを通して海水を流し込むことで、海の大きなごみを取り除くことができるのだという。
「なるほど、確かにごみは問題だものね」
説明を聞いたロゼリアは納得がいったようだった。
確かによく見れば、網には木の枝や海藻といったものが取り残されていた。
次に、塩がどういうものとかということをイメージできるように、魔法使いたちに海水の味を確認してもらうわけだが、浄化の使える魔法使いに軽く浄化をしてもらってからにした。
チェリシアによれば、目に見えない汚れなどが残っている場合があるからだという。生水をそのまま飲んでお腹を痛めるというのはたまにあることだからだ。
ちなみにここでいう浄化の魔法は、生活で使う魔法のひとつ。服などの汚れを落とすといった魔法なので、そこそこ使える人物はいるわけだ。もちろん行軍中などの特殊な状況下だけで使うことがメインであるのだが。
汚れも除去できたということで、いよいよ魔法使いたちに海水をなめてもらう。
指をつけて口に含んでみると、そろいもそろって顔をしかめていた。
「な、なるほど。これが海の塩の味というわけですか。岩塩と似ているようでちょっと違う、そんな味ですね」
魔法使いの一人がそんな感想をこぼしていた。
「マゼンダ侯爵令嬢」
確認が終わったところで、ロゼリアが呼ばれる。
いよいよ、海水から塩を取り出す作業を行う時が来たというわけだ。
ロゼリアは海水の入った桶を前にして、一度深呼吸を行う。ロゼリアの横には小さな桶が用意される。取り出した塩をここへ入れてくれということらしい。
確認を十分に行ったロゼリアは、両手を前にかざして気合いを入れる。
集中をして魔法を使い始めてからしばらくすると、海水からなにやらキラキラと輝くものが浮き上がってくる。
飛び出してきた輝くものを、慎重に足元の桶へと移していく。
魔法を使い続け、桶の三分の一ほどに塩が溜まった頃だった。ロゼリアが急にふらつき出す。
「ロゼリア!」
思わずチェリシアとシルヴァノが同時に飛び出して、ロゼリアを支える。その時に危うく桶を蹴りかけてしまうが、もう一人飛び出していたシアンによって最悪の事態は防がれていた。身を挺してロゼリアと桶との間に入り、ロゼリアを支えている。
「お嬢様、大丈夫でしょうか」
「え、ええ。ちょっと魔法を使い過ぎて、しまいました……」
シアンの問い掛けに、呼吸を荒げながらロゼリアは答えている。さすがにこれほどの魔法を使うのは、八歳には厳しすぎたのだ。
「これが塩か。ご苦労だったな、ロゼリア」
「はい、宰相様」
「あとは我々大人たちの仕事だ。幼い体に無理をさせてすまない。ゆっくり休んでくれ」
「……はい」
シアンに付き添われ、ロゼリアは近くに用意された椅子に座る。チェリシアの侍女が用意した飲み物を口に含んで、ゆっくり休んでいる。
シアンがその場に置いていった桶を手に取って、チェリシアは勝手に塩をなめている。
「うん、しょっぱい。間違いなく塩だわ」
眉間にしわを寄せながら、チェリシアははっきり言いきっていた。
この場にいる人間で、海水塩を知っているのはチェリシアだけ。そのチェリシアがいうのだから間違いないだろう。
その言葉を聞いた周りの人間は、一人ずつその味を確認していく。
「ふむ、これが海の塩か。これの生産が行えれば、食卓の様相は大きく変わるであろうな。魔法使いたちよ、先程のロゼリア嬢の魔法は見ていたな。ここにある海水から塩を取り出すのだ」
「はっ、宰相閣下!」
宰相の言葉によって、魔法使いたちはロゼリアの魔法を真似て塩を取り出していく。
同じように足元の桶に塩をためていくのだが、しばらくすると、海水から光り輝くものが出てこなくなった。
「もう何も出てきませんね」
不思議に思った魔法使いの一人が首をひねっている。
魔法使いの言葉を聞いたチェリシアは、すぐに大きな桶の中の水をすくって口に含んでいる。
「もう、塩の味がしませんね。おそらくは完全に塩が抜けてしまっています」
すぐに水を吐き出したチェリシアは、そう判断した。
チェリシアの言葉がきっかけで、塩を取り出す作業はここで一度終わることとなった。
塩が取れないと分かると、どうこうしていた兵士たちが桶に手をかけようとしている。その様子を見たチェリシアは、慌てて止めに入る。
「あっ、この水は捨てないで貯水しておいて下さい。生活用水に使えると思いますから」
「チェリシア、それは本気かな」
チェリシアがこんなことを言い始めたために、プラウス・コーラル、チェリシアの父親が反応している。
「だって、そうでしょう。シェリアでは飲み水の確保もままならないんですから。ね?」
「う、うむ……」
チェリシアがぷくっと膨れた様子でいうものだから、娘に甘いコーラル子爵は何も言い返せなかった。
シェリアでの生活用水は、たまに降る雨を溜めるか、遠くへ汲み行くかの二択。このような方法で水が手に入るのであるなら、確かに生活が格段に楽になるのは間違いないのだから。
こうして、目的であった塩と生活用水を無事に確保できたチェリシアは、とても満足そうに笑っていた。




