第125話 その頃のペシエラ
ロゼリアとチェリシアがドール商会で商談に臨んでいる頃、一人別行動となっていたペシエラ。そのペシエラは、驚いたことにお城にやって来ていた。
その理由は実に単純なもので、正式なシルヴァノの婚約者となったことが原因である。
婚約者となれば、大々的な発表に向けて様々な準備を行うことになる。その打ち合わせで、急きょ城に呼び出されたのだ。
城に呼び出されたペシエラは、婚約発表の日程や当日に着るドレス、それに伴う諸々のことを女官から説明を受けている。
逆行前ではロゼリアを陥れてそのまま婚約者に収まったということもあり、経験していないことなためか、ちょっと耳が痛そうである。
(いろいろと大変そうですわね。でも、お姉様の動きが気になってそれどころではありませんわ)
ペシエラは、今日のチェリシアの動きのことが気になっており、あんまり集中できていないようである。
「聞いていますか、ペシエラさん」
「はい、聞いておりますとも」
あまりにも上の空に見えたせいか、女官から声をかけられてしまう。
普段は真面目なことで通っているので、ペシエラは少々反省した。
女官は最初の態度が気になっていたので、時折確認するかのように何度か質問を交えていたが、ペシエラはそのすべてをしっかりと答えていた。
長々とした説明が終わり、女官から最後に婚約発表の日時について伝えられる。それは、今から休みを一回挟んだ二度目の休日である。この日に女王主催の夜会を開き、その席で発表するとのことだった。
こうして、無事に婚約関係の話を聞き終えたペシエラは、シルヴァノに会うことなくコーラル邸に戻ってくる。
「お帰りなさいませ、ペシエラ様」
屋敷に帰ると、侍女であるアイリスがペシエラを出迎えていた。
「アイリス、お姉様は?」
「まだ戻られておりません」
「そう、まだ商会にいらっしゃるのね」
チェリシアが帰宅しているか確認したものの、どうやらまだ帰ってきていないらしい。
その回答を得たペシエラは、自分の部屋へと戻っていく。持ったままになっていたカバンをアイリスに預けると、ペシエラはソファーに座り込んでいる。
「豆がどうこうと仰られていましたから、もしかしたらドール商会に向かったのかもしれませんわね。商談ともなれば、時間がかかりますから、わたくしより遅くなっても納得ですわね」
ペシエラはこういいながら、大きく息を吐いている。落ち着いたかと思うと、あごに手を当て眉間にしわを寄せている。
「ということは、いずれはモスグリネ王国に向かうことになりますわね」
「えっと、ペシエラ様。それは、どうしてでしょうか」
唐突に飛び出してきたペシエラの言葉を、アイリスは理解できなかった。
そこで、ペシエラは理由を話し始める。
「時渡りの話はしましたでしょう? わたくし、逆行前に戦争になる前のモスグリネ王国に赴いたことがございましてね。その時に豆の話をちらりと聞いたことがあるのですわ。思い出したのは先程ですけれど」
「そ、そうなのですね」
アイリスの反応が微妙な感じになっているのは、この話をした時のペシエラの表情が原因だ。声は淡々とした感じだったのだが、表情は明らかに険しかったのだ。やはり、自分が死ぬ原因となった戦争のことで、モスグリネ王国に対してよい感情を持っていないようなのだ。
「ですが、お姉様が望むのであるのなら、わたくしは我慢を致しますわ。逆行前のあの結末を回避するためですもの、好き嫌いはいっていられませんわ」
ペシエラははっきりと言い切っている。そこにはもう、逆行前のような歪んだ感情はすっかり残っていなかった。そこにあるのは、将来の為政者としての心の覚悟だけだった。
改めて示された覚悟の決まった態度に、アイリスは心を打たれている。同時に、このような人物を殺めようとしていた過去を悔いている。
「ペシエラ様の覚悟、しかと感じました。私はペシエラ様に救われた身。ペシエラ様たちのために、存分に働いてみせます」
「ええ。ですが、無理はいけませんわよ。わたくしの描く未来には、あなたもいるのですからね」
「もちろん、承知しておりますとも」
ペシエラの前に、膝をついて誓いを立てるアイリスである。ペシエラ同様、こちらもそれだけの覚悟が決まっているというわけだ。
「父から受け継いだ裏家業の技術、母から受け継いだ神獣使いの能力。その両方でもって、ずっとペシエラ様を支え続けます。……チェリシア様には悪いですけれど」
「ふふっ、頼もしいわね。わたくしも、お姉様になんだか悪い気がしてきましたわ」
アイリスからの重い誓いの言葉を聞いて、ペシエラは思わず笑ってしまう。
そうかと思うと、ペシエラはソファーから立ち上がり、そっとアイリスの手に触れている。
「一生懸命なのはいいですけれど、死んではいけませんわよ。それだけは誓って下さいませ」
「もちろんでございます。私には、頼れる仲間がいますから」
ペシエラの言葉に対し、アイリスははっきりと答えていた。
そのまま二人は、お互いの顔を見ながら笑顔を浮かべていた。
その後しばらくして、チェリシアの声が聞こえてくる。二人は立ち上がり、帰ってきたチェリシアを出迎えに行ったのだった。




