第121話 アイリスの気持ち
お茶会が終わると、ロゼリアたちはお城の訓練場へと向かう。そこには、シルヴァノやシェイディアの双子の兄であるオフライト、それにアイリスの兄であるヴィオレスの姿があった。
訓練場で他の騎士たちに混ざって訓練をする兄の姿を確認して、アイリスは元気そうにやっていることにほっとしているようだった。なんだかんだ言っても、こういうところは兄妹なのである。
その一方で、アイリスが気にかけているのは、自分の母親のことだった。
パープリア邸の中でずっと閉じ込められるように過ごしている母親が、自分が裏切ったことで酷い目に遭っていないかということが気になっているのだ。
自分は隠れるようにして過ごしているし、兄もノワール伯爵家に居候している状態だ。その気になれば、いつでも脅すことだって可能なはずである。
訓練場で兄の姿を確認してコーラル伯爵邸に戻ってきたアイリスは、ニーズヘッグを探す。
「戻ってきたか、主よ」
「ああ、ニーズヘッグ。今戻ってきたところよ」
屋敷の中ですっと姿を見せたニーズヘッグを見て、アイリスは安心した表情を見せる。
「主よ、どうされたのかな。少々顔色が悪いようだが」
ニーズヘッグはアイリスのちょっとした変化をすんなりと見破っている。アイリスはかつてニーズヘッグが気にかけていたベルという女性とよく似ているためか、契約をしたこともあってアイリスのことをよく気にかけている。だからこそ、ちょっとした変化にも敏感というわけなのだ。
「ええ、部屋に戻ってから話をするわ」
さすがに廊下で立ち話をするわけにもいかないので、アイリスは自分の部屋へと戻って話をすることにしたようである。ニーズヘッグはおとなしくそれに従っている。
部屋へと戻ってきたアイリスは、椅子に座って体を落ち着けている。
「どうでしたかな、兄君は」
「もう、そういうところは察しているのね。兄様なら元気そうだったわ。騎士団の訓練に交じって一生懸命剣を振るっていたわ」
ニーズヘッグに聞かれたアイリスは、それは嬉しそうな表情で答えていた。
現状一家離散の状態であんまり会えないものの、兄ヴィオレスは比較的容易に自分と接点を持てる人物である。元気そうだと安心できるのだ。
しかし、アイリスの表情はすぐに暗くなる。その状態でニーズヘッグに視線を向けている。
「お母様の様子はどうなのかしらね。パープリア邸の中では、なかなか探ることはできないでしょうけれど」
アイリスの視線はかなり厳しめだ。
自分を使い捨ての駒として扱ったことの恨みが、父親に強く向けられているし、屋敷に閉じ込められたままの母親のことがとても気がかりだからだ。その複雑な思いが、そのまま視線に現れているのである。
「たまたま偶然を装って屋敷の前を歩くくらいしかできぬが、主と同じ、ベルの魔力をまとった揺らぎを屋敷の中に感じることはできた。なので、まだ無事ではいるのだろう。おそらくは、ベルの遺品を調達するための駒として生かしているのであろうな」
「……そう。とりあえず、お母様は生きているのね」
推測ではあるものの、母親が生きていると聞けば、アイリスは少し安心した表情になる。とはいえ、まだまだ油断ならない状況であるのは間違いないというものだ。アイリスは唇をかみしめる。
現在のアイリスは、フェンリルとインフェルノという二体の神獣と、蒼鱗魚とニーズヘッグという二体の幻獣と契約を終えた状態だ。これだけでも、その気になればパープリア男爵などたやすく葬れる状態であるだろう。
ならば、なぜそれを実行しないのか。
単純に、その後の問題があるからだ。
自分勝手に行動を起こせば、周囲にどのような印象を残すことになるのかということがある。最悪の場合、自分がお世話になっているコーラル伯爵家に迷惑がかかるし、親交のあるマゼンダ侯爵家をも巻き込みかねない。
もちろん、神獣たちの力を使えば、脅してでも鎮静化させることは可能だろう。だが、そうなると祖先であるベルの名を汚すことになる可能性が高い。蒼鱗魚を除けば、ベルに対して好意的である以上は、その事態は避けるべきなのである。
「はあ、私の立ち位置って、思った以上に面倒な感じだわね」
「主、何を懸念しているのか分からんが、いつでも我らを使ってもらって構わないのだぞ」
「ええ、ありがとう。でも、いざっていう時までは、あなたたちに頼るのはやめておくわね」
ニーズヘッグが自分たちを精一杯利用しろと迫るものの、アイリスは思いとどまったようである。
それというのも、アイリスは今の生活の心地よさというものを壊したくないからだ。
以前に比べれば、コーラル伯爵邸での生活はかなり充実している。今の主人であるチェリシアやペシエラは、それは自分たちの家族のようにアイリスのことを気にかけてくれている。
二人に加えてロゼリアたちの存在は、アイリスにとって安心できる心のよりどころなのである。助けてもらった恩はあるからこそ、ニーズヘッグたちを使った過激な行動にも出ないというわけなのだ。
なにせ、神獣使いとしての力は、ペシエラたちがいなかったから気づくことがなかったのだから。パープリアのところにいる間にこの力に気が付かなくて、アイリスは正直ほっとしている。
「さて、食事の時間ね。準備を手伝いましょう」
「分かった、主」
日も暮れて、夕食の時間が迫っている。
いつまでもゆっくりしていられないと、アイリスはニーズヘッグとともに仕事に取り掛かるのだった。




