第116話 禁法の主人
ロゼリアたちがちょうどファントムと話をしている頃だった。
薄暗い部屋の中に、濃い紫の髪の毛をたなびかせた女性が姿を見せている。
「お呼びでございますでしょうか、我が主人」
どうやら部屋の中には別の人物が控えているようで、紫の髪の毛の女性はその人物に向かって跪いて頭を下げている。
目の前の人物は、静かにその姿を見つめている。
「頼んでおいたことは、順調に進んでいますかしら」
「はい。アイリスとは接触しております。ドール商会に紛れ込み、例の首飾りが手元に行くようにしましたし、その後に現れたフェンリルとも無事に契約を終えました。さすがは神獣使いベルの子孫でございますよ」
目の前の主人の質問に、紫の髪の女性はひとつひとつ答えていっている。
答えを聞く限り、物事は順調に運んでいると感じているが、内容が内容ゆえか、少々表情を曇らせていっている。
「神獣使いのことは順調ですけれど……。あの腹黒男爵の方は、何もまったく諦めていないということかしらね」
「そのようでございますね。すでに計画をいくつも阻止されているというのに、まったく諦める様子がございません。まだ幼いロゼリア、チェリシア、ペシエラのガードは想像以上に固いですし、増えていく神獣と幻獣にますます手が出しにくいといいますのにね」
「……まったく、頭の下がる執念だわね」
主人と呼ばれる人物と紫髪の女性は、腹黒男爵の往生際の悪さにため息が出るばかりである。
「そういうことならば、無理やりにでも大衆の面前でそのやらかしを、大々的にお披露目するしかないですかしらね。申し開きのできないように」
「そのように存じます」
この状況が続くのであれば、言い逃れのできない状況に引っ張り出すしかないという結論に至り、二人はもう一度ため息をつく。
当然ながら、二人の話す腹黒男爵というのは、パープリア男爵のことである。
このパープリア男爵は、表向きは人当たりのよい状態を繕ってはいるものの、裏側ではかなり多くのあくどいことを行っている。暗殺やだまし討ちなど、それはもう完全な真っ黒という状態である。
アイヴォリーの貴族たちは国に忠誠を誓っているので、あくどいことなどよっぽどでないと行わないので、ここまで国に染まらない貴族というのも珍しいものである。
「何ゆえそのような道に進むのかは知りませんが、あの腹黒男爵を止めなければなりません。あれに自由に動かれては、あの悲劇をまた繰り返すだけですからね」
「主人がこの禁法に手を出すきっかけになりましたからね。本来ならば私は手出しを行いませんが、神獣使いの名を汚そうとする様子を黙って見ているわけにはいきません」
「ええ、頼みましたよ、スミレ。……いえ、幻獣クロノアと呼んだ方がいいかしら」
パープリア男爵のやらかしには頭が痛いものである。
その流れの中で、主人は紫髪の女性の名前をしっかりと呼んでいる。なんとも衝撃的な名前である。
「いえ、私のことはスミレでお願いします。私は人には干渉しないとして有名ですからね。それを知られるわけにはいかないですから、その名は伏せさせてください」
紫髪の女性は首を横に振っている。
なんという衝撃だろうか。主人という人物の前で跪いている女性は、ロゼリアたちがカイスの村で出会ったスミレという女性であり、人に無関心であるはずの幻獣クロノアだったのである。
「そうですね、分かりました。……ただ、精霊レイニには、少々勘付かれてたようですね」
「彼とて、それなりに高位の精霊ですからね。幻獣にも近しいですから、分かってしまうのでしょう。ただ、そのレイニですら禁法のことはしっかり理解していますから、主人の名前が出てくることはないと思われます」
「そう、それならばよかったわ」
レイニに関してのスミレの推測を聞いて、主人はほっと安心しているようである。
だが、険しい表情が取れることはなかった。
「となれば、なおのことあの腹黒男爵を早々に潰しませんとね。アイヴォリー王国を潰すために、さらなる暴挙に打って出るでしょうからね」
「かしこまりました。私は男爵の交友関係を含めて、こっそりと忍び込んでさらに調査を進めてまいります」
「ええ、頼みましたよ」
スミレは調査の続行を宣言すると、主人の前から姿を消す。
一人となった主人は、椅子に深く腰掛けて、天井をじっと見つめている。
「……あのパープリア男爵の企みには、前の時も気が付きました。ですが、気づいた時にはすでに手遅れでしたし、私は追放されていて何もできませんでした。その結末を思うと、後悔してもしきれません」
主人は、椅子から立ち上がり、部屋にあるタンスの上に置いてある小物に目を向けている。そこに置かれているものは一枚の絵のようだった。
「だからこそ、私は必ずお救いすると誓ったのです。ええ、たとえこの身が消えてしまうとしても!」
タンスに置かれた絵をじっと眺めながら、主人は改めて決意を固めている。
その頬には、すっと一筋の光るものが流れていくのだった。




