第115話 ファントムとの対話
インフェルノとの契約を無事に終わらせたロゼリアたちは、氷山エリアを後にする。なにやらファントムが話があるということらしく、寄り道をすることもなく、真っすぐにマゼンダ侯爵本邸へと急ぐ。寒さへの我慢も限界に来ていたので、やむを得ないような形となった。
その間、終始ファントムは難しそうな表情を浮かべており、ロゼリアとペシエラはずいぶんと気にかけていたようである。
マゼンダ侯爵本邸に戻ってくると、ファントムは人払いをしてロゼリアたち四人と向き合う。自身は執事ということもあり、座るロゼリアたちとは対照的に立ったままである。
「インフェルノのところでの話で、お嬢様はおおよそわたくしの言い分を理解していらっしゃると思います」
ロゼリアたちに背中を向けたまま、ファントムはそのように切り出している。
「わたくしは幻獣でございますので、あらゆる時間と空間を飛び越えて存在することができます。これからわたくしがお話することは、そこのアイリスだけは理解できないと理解しております」
くるりと振り返り、ロゼリアへと視線を向けるファントム。あまりにも真剣な表情に、顔を向けられたロゼリアは雰囲気にのまれそうになってしまう。
しかし、ファントムは表情を変えることなく話を続ける。
「アイリスも神獣使いですので、これからわたくしがお話することは、聞いておいた方がよいでしょう」
鋭い目つきに、アイリスはこくりと頷いている。
「……時渡りという言葉に覚えはございますでしょうか」
「ええ、聞いたことがありますね。確か、レイニが口走りましたっけか」
ファントムの口から出てきた単語。それはかつて厄災の暗龍を倒した後、奇跡の湖でレイニの口から出てきた言葉である。それをロゼリアはしっかりと覚えていた。
「ということは、時渡りの秘法のことを、ファントムもご存じというわけですのね?」
ペシエラが確認をしている。
この質問に、ファントムはこくりと黙って頷いた。
「アイリスのために念のため説明いたしますと、時渡りの秘法というのは、その言葉の通り、時間を渡り歩く魔法でございます。使用者は魔力を失い、自分以外を対象とした場合、対象者に話すこともできなくなります。そして、結果にかかわらず、最終的には使用者の存在が消えてしまいます。ゆえに時渡りの秘法は禁法という位置づけがなされております」
「そ、そんな……。そのような危険な魔法が存在しているだなんて」
アイリスは思わず口に手を当ててしまう。
なにせ、使用すると魔力を失い、最終的には自信が消えてしまうのだから。恐ろしいと考えるのは当然の反応である。
「いやはや、まさか使用する方がいらっしゃいますとはね。おかげで、わたくしもやり直しの機会を得ることができたのですけれどね」
ファントムの表情は複雑そうだ。
現在のファントムはマゼンダ侯爵家に仕える執事の一人。幻獣として重要な役割を背負っていたはずなのに、マゼンダ侯爵家が断絶されるという状況に陥ってしまったのだ。当時のファントムはとにかく悔しかっただろう。
だが、その感情を押し殺して、ファントムは話を続ける。
「そのような魔法ではございますが、例外的に代償を払わずに使える方々はいらっしゃいます。時の神獣クロノス様と、そのご息女であられる時の幻獣クロノア様でございます。ですが、お二方も違うでしょうね。我々という存在は、基本的に人間に無関心でございますから」
ファントムは可能性を示唆しながらもすぐさま否定していた。そんなはずはないと断言できるのだろう。
「ですが、使用された方には感謝致しますよ。我々神獣や幻獣、それと神獣使いの存在が、再び世間に認知されるようになったのですからね」
ファントムはアイリスに視線を向けながら、にこりと笑みを浮かべていた。あまりにも優しい笑顔だったので、アイリスはかえって警戒してしまった。
話をしていたファントムだが、どこか感慨深いらしく、少し泣きそうな雰囲気になっている。そのため、しばらくの沈黙が続くことになる。
少し考えたロゼリアは、せめて魔法がいつ発動したのかをファントムに尋ねてみる。だが、ファントムは魔法の特性上、絶対に教えられないと黙秘を貫いた。こればっかりは無理そうだと悟ると、ロゼリアはおとなしく引き下がった。
「なんとなくですけれど、ペシエラ様のあの規格外のお力の理由はよく分かりました」
話を終わって、アイリスは現在の主人であるペシエラに容赦なく言葉をぶつけていた。
「いくら禁法だからといっても、記憶や能力を維持したまま若返るなんて信じられませんよ」
「信じられなくても信じるしかないでしょう。現実はきちんと見た方がいいですわよ、アイリス」
騒ぐアイリスに、ペシエラはすっぱりと言い切っている。まったくもって容赦なしである。
「うぐぐ……。で、ですが、私を助けた理由って……」
「逆行前では、あなたは死んでしまっていたのよ。それ以外にも犠牲者はおりましたし、誰一人として死なせたくなかったのですわ。ですが、皮肉にもあなたが犯人だと知ることになりましたがね」
舌戦となると、逆行前に女王まで経験したペシエラにはまったく敵わないアイリスである。すっかり言い負かされてしまっていた。
「そのくらいにしておきましょう。そろそろお腹も空きましたでしょうし、食事の用意をしてまいります。では、お嬢様方、ごゆっくりお休みくださいませ」
ペシエラたちの騒ぐ様子を見ながらも、ファントムは淡々と執事としての業務をこなしていく。
食事の用意といって部屋を出ていったファントムだが、その口元はすっかり緩んでいるようだった。
幻獣ゆえにあまり積極的にかかわれないが、あの光景を守るために何かできないか。ファントムは制約がある中で何かできないかを考えるのだった。
改めて時渡りの秘法という魔法のすごさと恐ろしさを思い知らされたロゼリアたちだが、今回のファントムの説明でもまだまだはっきりしないことは多い。
逆行前のペシエラは、なぜロゼリアをそこまで恨んでいたのか。なぜマゼンダ侯爵家を滅ぼす必要があったのか。そして、なぜ消え去ったはずのマゼンダ侯爵一派が、アイヴォリーとモスグリネの戦争の中で暗躍をしたのか。
考えられることといえば、誰かがそうなるように仕向けたということだろう。
ロゼリアたちは改めて、この辺りを解き明かすカギとなるパープリア男爵を捕らえることを決意したのだった。




