第114話 幻影執事
アイリスは突如として燃え上がった激しい炎に包まれている。
「アイリス?!」
あまりにも炎の勢いが強かったばかりに、ペシエラたちが叫んでしまう。
「心配は要らぬよ」
「これがインフェルノの契約方法じゃからな。あやつと契約するには、この炎に耐えられねばならん」
「ちなみに、フェニックスも同じような方法を取るねぇ」
慌てるペシエラたちとは対照的に、蒼鱗魚は実にのんびりした様子で説明をしている。
三人の目の前では、インフェルノの炎がまだ勢いよく燃え盛っている。あまりの火力に、ただ茫然と見守るしかできなかった。
しばらくすると、火の勢いが弱まってくる。そうすると、少しずつだがアイリスの姿が見えるようになってきた。
あれだけ強い火力に巻かれたというのに、見える姿からは焼かれたどころか焦げた跡すらも見当たらなかった。これがどういうことを示すかというと、アイリスは無事にインフェルノの炎に耐えきり、無事に契約を結ぶことができたということだ。
契約を終えたということは、アイリスには何らかの契約の証が増えることになる。
蒼鱗魚は右手の甲の模様。
ニーズヘッグは首のネックレス。
フェンリルは同じく首からかけられたペンダント。
それでは、インフェルノの契約は一体どこに増えたのか。それは、インフェルノの口から語られる。
「左足の太もものベルトを契約の証としておいた。模様が変わっているから後で確認してみるといい」
まったく、どこを選んでいるのだろうか。
とはいえ、アイリスの両足には暗器や薬が取り付けられたベルトが実際に着けられている。目立たせたくないというのであれば、十分選択肢にはなり得るだろう。後で確認することとなったのだが、普通の革のベルトだったはずが、赤色が強まった上に黒い狼の刻印が追加されていた。
無事に契約を終えたアイリスは、インフェルノに対して淑女の所作を取っている。
「アイリス、無事だったのね」
無事に契約を終えたアイリスに最初に飛びついたのは、意外なことにロゼリアだった。なんということだろうか、主であるチェリシアとペシエラは出遅れてしまっていた。
「これで、神獣二体、幻獣二体との契約が終わったわけだな。それにしても、複数との契約を済ませるとは、やはりお前はベルの生まれ変わりというわけなのだな」
「と、仰られますと?」
「後にも先にも神獣使いはベルしかいなかったのだが、神獣や幻獣と契約できる者は存在した。だが、複数の神獣や幻獣たちと契約できたのは、ベルだけだったのだ。ふっ、俺としても実に嬉しい限りだな」
インフェルノが語った内容にロゼリアとアイリスが同時に反応すると、インフェルノはそのように話をしていた。
神獣使いであるベルと同じようなことをしているということは、間違いなくアイリスはベルの再来であり、生まれ変わりである可能性すらもあり得るというわけである。
ロゼリアやペシエラの逆行前では、夏の合宿で命を散らせてしまったアイリスだったが、思わぬ才能の持ち主だったのだ。
アイリスが感動している中、インフェルノはチェリシアとペシエラよりもさらに遠い場所へと視線を向けていた。そこには何かいるような気配はないはずなのだが、一体何を見ているのだろうか。
「ところで、いつまでこっそりと付け回しているつもりだ、”ファントム”」
インフェルノは一度顔をそらして、ため息をつくようないいっぷりで誰かに声をかけている。その言葉にロゼリアたちが反応して、インフェルノの視線の先へと顔を向けている。ファントムというのはマゼンダ侯爵領に存在する幻獣の名前なのだ。反応して当然だろう。
全員の視線が集中する中、突如として空間が歪み、マゼンダ侯爵の本邸で出合った執事が姿を見せた。なぜこのようなところにいるのだろうか。
「トムなんて名前、珍しいと思ったらそういうことだったのね」
「えっ、この世界じゃトムって珍しい名前なの?!」
ロゼリアがつぶやくと、チェリシアがものすごく驚いている。前世の世界であるならば、確かにトムなんていうのはありふれた名前だからだ。
だが、こちらの世界では実に珍しい名前である。しかもその由来は、ファントムの後ろ二文字を取ったものなのである。意外と気が付かないものだ。
「お嬢様、黙っており申し訳ございませんでした。実はマゼンダ侯爵家の祖先との間で契約を結んでおりましてね、かなり長い付き合いなのでございますよ」
ファントムは驚くべき事実をさらっと言ってのけていた。
今の当主であるヴァミリオよりもさらに前の時点から、幻獣ファントムは既にマゼンダ侯爵家と契約をしており、その世話をずっと行っているというのだ。知られざる事実である。
「ですが、マゼンダ侯爵家に忠誠を誓っているとは言いながらも、お嬢様には本当に申し訳ないことをしたと反省をしております。もしお困りのことがございましたら、いつでもご相談くださいませ」
ファントムはロゼリアに向けて謝罪をしている。
これはつまり、ファントムはロゼリアの時間遡行を把握しているということだろう。これにはペシエラもすぐに理解した。
そして、今度はアイリスへと顔向ける。
「申し訳ございませんな。そういう事情でございますので、アイリス様とは契約を行えませぬ。どうかご容赦くださいませ」
なんと、ファントムはアイリスとの契約はできないと断言してきた。
しかし、こればかりは仕方がないとアイリスはその言葉を受け入れたようである。
こうして、ロゼリアたちがマゼンダ侯爵領にやってきた目的は果たされた。
目的は達成できたものの、どうやらこれで話が終わる様子ではなさそうである。
ファントムから落ち着いて話ができる場で、ゆっくりと話がしたいという提案がなされ、ロゼリアたちはそれを受け入れる。
ロゼリアたちはインフェルノと別れ、一路マゼンダ侯爵の本邸へと戻ることになったのだった。




