第113話 インフェルノ
氷山エリアの雪のない山を登っていたロゼリアたちの前に、炎をまとった狼が出現する。この狼こそ、ロゼリアたちが探し求めていた火の神獣インフェルノだ。
このインフェルノは、先日の武術大会中に現れた神獣フェンリルとは対を成す存在。ロゼリアが受けた報告にはそう書かれていた。
「なにやつだ?」
ぎろりと睨むインフェルノ。その視線は氷を操るフェンリルよりも厳しく、まるで燃やし尽くされんばかりの鋭さを持っていた。
「久しいねぇ、インフェルノ」
唐突に現れたインフェルノに驚き固まっているロゼリアたちに代わり、蒼鱗魚がインフェルノに話しかけている。
蒼鱗魚を見たインフェルノの視線が、先程に比べて少し緩くなった。
「なんだ、じじいとばばあか。お前らがサファイア湖を離れるとは、驚きだな。燃やし尽くされに来たか?」
インフェルノは冗談に聞こえない冗談を飛ばしながら、蒼鱗魚と話をしている。それにしてもじじいとばばあとはかなり口が悪い。
「冗談はよしておくれ。私らは、そこのお嬢ちゃんに興味を持って契約しただけさね」
「はっ、契約だと?」
蒼鱗魚の口から出た言葉を、インフェルノは軽く笑い飛ばしている。
「ばかばかしい。神獣使いのベルもいなくなったこの世界に、俺たちを使役できるものなどいるものか」
インフェルノがベルの名前を口にした途端、ロゼリアたちが驚いた表情をしている。
その表情変化に気が付いたのか、インフェルノは眉間にしわを寄せてロゼリアたちを見ている。
「なんだ? お前ら、まさかベルを知っているというのか?」
困り顔を浮かべながら、インフェルノは蒼鱗魚たちに尋ねている。
「知っているも何も、ここにいる眼鏡の子が、ベルの子孫さね」
「わしらも、最初は気づかなんだがな。ふぁっふぁっふぁっ」
蒼鱗魚はそれぞれインフェルノの質問に答えている。蒼鱗魚の答えを聞いて、インフェルノは少々驚いた顔を浮かべて興味を持ったようだ。
「確かに、冷静に見てみるとベルの魔力とよく似ている。なるほど、子孫というのも納得ができるな。ふっ、そうか、ベルの子孫は続いておったか」
高らかに笑うインフェルノであったが、続けて発せられた蒼鱗魚の言葉にその態度が一変する。
「ニーズヘッグの坊やとフェンリルも懐いているからねぇ」
「あの二体は、ベルにべた惚れしておったからのう。納得がいくというものじゃよ」
「なんだと!? あの氷の犬っころめ……許せん!」
フェンリルの名前を聞いた瞬間に、怒りの様相を露わにしている。地面がそれに呼応するように揺れ始める。
突然再び地面が揺れたものだから、ロゼリアたちは慌てている。そんな状況でも、蒼鱗魚はのほほんとしている。さすがは幻獣といった感じである。
それにしても、ニーズヘッグには犬コロと呼ばれた上に、インフェルノにも犬っころ。フェンリルはどうやら犬扱いらしい。
蒼鱗魚がなだめると、インフェルノは改めてアイリスに視線を向けている。
「あの犬っころに後手をつかまされたことは正直腹立たしい。ゆえに今回は特別だ、俺と契約することを許可しよう。本来ならば、その力量を見極めるところなのだがな」
インフェルノは少々不機嫌そうにしながらも、アイリスと契約を結ぶことを決めたようだ。
この言葉を聞いて、チェリシアはほっとしている。厄災の暗龍同様に、ゲーム内では唐突に暴れ出したインフェルノとの戦いが発生するサイドストーリーがあったからだ。
いざ契約というタイミングで、アイリスはインフェルノにおそるおそる声をかける。
「あの……、私のご先祖様であるベルという方はどういう方だったのでしょうか」
インフェルノから見たベルの話が気になっていたらしい。
「ああ、ベルの話か? いやはや、あいつは本当に変わった人間だったぞ。このような見た目の俺のことを怖いといったり怯えたりするようなことはなく、目をキラキラとさせて可愛いと言い放ってくれたからな。後にも先にもそんな感想を言ったのはあいつだけだからな」
インフェルノが笑っている。
どう見ても怖いだけの印象しかないインフェルノに笑みを浮かべさせるとは、一体ベルとはどんな人物だったのだろうか。
ニーズヘッグやフェンリルからも変な話ばかりが出てくるので、ロゼリアたちはまったくその人物像が想像できなくなっていた。
「本当に、今も昔もあいつだけだろうな。神獣、幻獣、精霊、それどころか魔物すらも愛し、そして、好かれていた人間は」
インフェルノは少々見上げた感じでつぶやいている。
そうかと思えば、再びアイリスへと視線を向ける。
「さて、契約にあたってお前の名前を問おう」
「あ、アイリスです」
急に視線を向けられたせいで体を震わせたアイリスだったが、ぎゅっと拳を握って名前を答えている。
「よく見ると、その髪は染めているのか。地の髪色は……そこも本当にベルそっくりだな」
「か、髪は事情があって染めているんです。すみません……」
「いや、構わぬ。見た目など所詮は見分けるための記号でしかない。本質は魂なのだからな」
さすがは地獄を意味する名を持つ神獣。なんだかもっともらしいことを言っている。
「さあ、ベルの子孫アイリスよ。その手を俺に向けて差し出せ、契約するぞ」
「は、はいっ!」
インフェルノに声をかけられたアイリスは、言われた通りに手を前に差し出す。
その手にインフェルノの前足が触れると、アイリスを丸ごと包み込むように、インフェルノの炎が激しく燃え上がったのだった。




