第112話 氷山エリアへ
目的地が決定したことで、ロゼリアたちはまずは防寒対策から始める。
今は冬の月の真っただ中であるので、とにかく寒い。その上に、今回の目的地は氷山エリアだ。冬山の厳しさはチェリシアが一番わかっており、そのアドバイスに基づいて入念に準備を行う。
幸い、マゼンダ侯爵領の領都にはそれなりの品ぞろえがされている。
その理由は、南北に細長いこともさることながら、北部地域のとある事情が絡んでいるからだ。そう、必要に迫られているからこそ、それだけの品ぞろえがあるというわけである。
おかげさまで、マゼンダ商会のお金が使えることもあって、ロゼリアたちの防寒具は結構あっさりとそろえることができた。
毛皮のコートに毛皮のブーツ、モコモコとした綿毛のついた帽子。厚ぼったい服装ではあるものの、これで寒さ対策は大丈夫だろう。
これから北側は氷山エリアとなり、食料の確保が難しくなる。だが、この問題はチェリシアとペシエラの持つ収納空間が解決してくれる。すでにかなりの日数分の食事が放り込まれているので、何も問題はなかった。
こうして、準備に一日が消えた。
屋敷に戻ったロゼリアたちは、歩き疲れたのでまずはお風呂に入る。その後、食事を取るのだが、その席で執事から質問を受ける。
「お嬢様、本当に氷山エリアに行かれるのですか?」
随分と心配した物言いをしている。
実際問題、ロゼリアたちは十三歳の少女である。年齢を考えると、明らかに無謀だと感じて当然だろうだ。
ところが、ロゼリアは質問に対して笑顔を浮かべている。
「ええ、私とてマゼンダ侯爵家の者。自分の家の領地を知るということは大切なことなの。氷山エリアはあまり人が立ち入らないというから、とても興味があるわ」
あまりにもはっきりと言い切っている。
この時の決意の固さを感じ取った執事は、止めようとしていた態度をあっさりと翻してしまった。
(なにかしら、この違和感は……)
ロゼリアと執事のやり取りを見ていたペシエラは、つい険しい顔をしてしまう。
「ペシエラ、可愛い顔が台無しよ。ほら、笑って笑って」
「まったく、お姉様ってば気楽なものですわね」
ペシエラの険しい表情はよろしくないとチェリシアが横槍を入れてきたのだが、ペシエラはその視線を執事から外さなかった。
執事というものは、仕える貴族に対して忠実なものだ。賛同したり、苦言を呈したり、主人のために行動するのは当然。
ところが、ペシエラはどういうわけか、この執事の言動に何か引っかかりを覚えているというわけなのだ。
(気になりますけれど、正体が分からないうちにして気をするのはよろしくありませんわね)
すっきりしないながらも、今は下手に波風を立てるべきではないと、ペシエラはその胸三寸にしまうことに決めたのだった。
翌日、ロゼリアたちはチェリシアのエアリアルソーサーに乗って、執事の見守る中、氷山エリアを目指して空を飛ぶ。
氷山エリアには村があり、そこまでが今の領都から馬車で四日ほどで、氷山のふもとまでは歩いて一日かかる距離にある。この程度の距離ならば、エアリアルソーサーなら一日で着けそうだ。
しかし、夜の雪山への突入はどう見ても危険。途中には村もあるが、この時期にお邪魔するのはどう考えても迷惑なので、その近くで野宿をすることに決まった。
この時期の野宿は危険極まりないのだが、チェリシアとペシエラの魔力であれば、この冬の寒さもどうにかしのげるだろう。
その目論見通り、無事にひと晩を過ごしたロゼリアたちは、氷山を目指してエアリアルソーサーで突き進んでいく。
「あれっ、なんだかあの山だけ雪がありませんね」
「本当ですわ。周りの山は真っ白ですのに、どうして……?」
アイリスが目の前の山を指差しながら驚いている。ペシエラも同じように驚いている。そのくらいに違和感しかない光景が目に飛び込んできた。
「あれが、私たちの目的地のようね。あの山の頂上を目指して進むから、みんな気合いを入れておいてよね」
チェリシアは気合いを入れた表情を浮かべ、エアリアルソーサーを雪のない山へと進ませていく。
ここまではかなり雪が降っていて視界も白くなっていたというのに、山が近くなったところで吹雪が極端に緩くなっていく。明らかにおかしいと、誰もが感じている。
エアリアルソーサーでどんどんと山を登ってくロゼリアたち。ふもとの方は他の山同様に雪で白くなっていたというのに、登るにつれて茶色い山肌が見え、やがて岩の灰色が混ざり始める。
明らかな異様な光景が広がる中、アイリスの右手の甲が突然光を放つ。
「きゃっ!」
思わず声を出してしまうアイリス。
「おやおや、こんなところにいたのかい?」
「姿を見せたらどうかのう?」
蒼鱗魚が勝手に飛び出し、山肌に向かって語りかけている。
何が起きているのかと混乱する中、辺りの空気が振動をし始める。
「じ、地面が揺れている?」
ロゼリアがつぶやくと同時に、地面が割れ、そこから何かが轟音とともに飛び出してきた。
突然のことに一度顔を背けたロゼリアたちは、おそるおそる視線を前に向ける。
ロゼリアたちがそこで見たものは、全身に激しく燃え盛る炎をまとった恐ろしい表情の狼だった。




