第110話 冬が来りて
あっという間に時間は過ぎていき、今は冬の一の月を迎えている。
年次年末試験が行われれば、冬の二の月と三の月は冬休みである。
だが、そこで問題が起きていた。
この年次末試験なのだが、チェリシアがかなり慌てているのだ。
「どどど、どうしよう。もし落第をしようものなら、どうなっちゃうのよ、私」
「落ち着いて下さいませ、お姉様」
慌てふためくチェリシアを、ペシエラが必死に落ち着かせようとしている。
「まったく、お姉様ってば、前期でもそうでしたわね。勉強が苦手なのかしら」
あまりにも落ち着かない状況にペシエラも、思わず頭を抱えてしまう。
「まあ、そういうところはあったわね。農業関連の授業は好きだったから、成績もよかったけど、歴史とかは最悪だったわ」
悩むペシエラを見ながら、チェリシアははにかみながら答えている。まったく、どこか楽観視している感じに見える。
「お姉様。もし落第などしようものなら、お父様が怒られて、商会の事業から手を引かされる可能性がございますわよ?」
「げっ。そ、それは困るわ」
「それでしたら、精一杯頑張ることですわね。この世界の貴族にとっては基本的なことばかりなのですから。逆行前のわたくしでもそれなりにこなせていましたわよ」
「はぁい、頑張りますよぅ……」
あまりにも淡々とチェリシアに言葉を投げかけるペシエラである。その冷酷さに、チェリシアはへそを曲げながらも首を縦に振るしかなかった。
そんなこんなで大変そうな年次末試験だが、それまでも実に大変だった。
武術大会の準決勝で発生した魔物召喚事件の影響で、学園の闘技場は今なお封鎖されて調査が続いている。
なんといってもシルヴァノとペイルという二人の王子がいる上に、国王と女王、宰相と国の重鎮がそろった場での事件だったので、徹底的に調査が行われることになったからだ。ただ、学園の授業は予定通り消化されたため、チェリシアはちょっと残念がっていた。
その一方で、この事件の失敗が影響したのか、特に怪しい動きは格段に減っている。それでも、アイリスを警護しているニーズヘッグは怪しい視線を何度となく察知していた。
今回の事件の際にアイリスと契約したフェンリルは、自身の記憶を頼りにベル・フラウアードの住んでいた土地を訪れている。ベルの関係者に何かあってはいけないということで自ら志願したのだ。あまりにも強い意志だったので、ロゼリアたちはフェンリルの思う通りに動いてもらうことにした。
一方のロゼリアたちも自分たちでできることを模索する。さすがにパープリア男爵家にはもぐり込めないため、周囲の警戒を強めることしかできなかった。
そこでロゼリアは、侍女であるシアンにお願いして、アクアマリン子爵家に神獣や幻獣に関する書物がないかを調べてもらうことにした。その話をすると、城で働く姉のセルリナを紹介してもらえた。早速セルリナに接触を図ると、彼女はそれはもう大喜びで協力してくれた。
これで、少しは謎の多い神獣使いや神獣や幻獣といった存在の詳細が分かることになるだろう。
そうしている間に、年次末試験を迎える。いろいろと不安の残る状態だが、学生であるロゼリアたちは試験に臨む。
「はぁ~……、終わったぁ……」
マゼンダ商会の部屋に集まり、チェリシアは大きな伸びをしたかと思えば、テーブルに突っ伏している。それはまるで燃え尽きたかのようだった。
「なんにせよ、無事に終われてよかったですわ。ロゼリア、シアンからの報告書はあるのかしら」
「ええ。一度家に戻ったら、タイミングよく渡されたわ。多分、年次末の試験が終わるまで待ってくれていたのね」
ロゼリアがカバンから書類を取り出していると、チェリシアが興味津々に体を起こしている。
三人でその報告書に目を通すと、なんともいろんなことが書かれている。
「まあ、わたくしたちの周りにも怪しい連中が来ていますのね」
「おそらくは、アイリスを疑っているのでしょうね。二人の侍女になったアイリスという名前の少女というだけで、あちらからしたら疑いの塊でしかないもの」
「確かにそうね」
報告書の内容を見る限り、とても油断ならないものだった。自分たちの周りをうろつかれていると、いろいろと自分たちの情報も漏れかねない。これにはより一層警戒しないといけないようだ。
それにしても、普通のメイドであるシアンが、どうやってここまで情報を集めたのだろうか。とても気になるところである。
「あら、もう一つ報告があるみたいね」
広げた紙を順番に見ていっていると、別の報告も混ざっていることに気が付く。
どうやらこれは、シアンの姉であるセルリナからもたらされた報告書のようだ。
その報告書に目を通していたロゼリアは、思わず驚きの声を上げてしまう。
「まあ、これは本当なのかしら」
「どうしましたの、ロゼリア」
突然の大声にペシエラが驚いている。その視線の先では、報告書を手に持って体を震わせているロゼリアの姿があった。
「ふふっ、これは今年の冬はマゼンダ侯爵領に帰省しなければならないわね」
体を震わせながら、ロゼリアは笑顔でつぶやいている。
はたして、ロゼリアは報告書の中に一体何を見たというのだろうか。




