第107話 フェンリルとの契約
アイリスが光に驚いて、胸元に入れている物を慌てて取り出す。それは、先程の露店で購入した透明な石が付いたペンダントだった。
「ペンダントが光ってる。……一体どういうことなの?」
思ってもみなかった事態に、アイリスは首を傾げている。まったく理解できていないアイリスを目の前にして、フェンリルはとても懐かしそうな表情を浮かべている。
「おお、なんということだ。それにここでまた会えるとはな……」
「えっ、どういうこと?」
フェンリルが優しい表情を見せれば、アイリスは戸惑いを隠せない。
「そのペンダントは、我とベルとの間で交わされた契約の証。よもや、こんなところで出会えるとは……」
「ちょ、ちょっと待ってよ。あの露店は、駆け出しの職人のアクセサリばかりを売っていたはず……」
アイリスのいう通りだ。
アイリスが警備の最中にペンダントを購入したのは、ドール商会のお店。説明にもあった通り、駆け出しなどの半人前の職人たちの作った売り物にならないものばかりを売っていた。どうやらそこに、骨董品が紛れていたらしい。
「誰かがこっそり混ぜたのだろうな。その宝石は、特殊な技量がなければ、ただの水晶でしかないからな」
「こ、この宝石が……?」
アイリスはペンダントについている宝石をじっと見つめている。
「それは、我とベルの魔力で作り上げたフローズンクリスタルだ。我ら神獣や、そこの未熟者をはじめとした幻獣と契約する際、契約者には何かしらの装飾品が与えられる。その右手の甲の模様も、首からかけているネックレスもそういったものだ」
「これって、そういう……」
「さあ、そのペンダントも着けてみせてくれ。我と契約をしようぞ。そこの黒トカゲと同じようなものというのは、少々癪だがな!」
「うるさい、犬コロが!」
わざわざニーズヘッグにケンカを売るフェンリルである。ニーズヘッグもわざわざ反応するものだから、フェンリルは不敵な笑みを浮かべている。
「さぁ、ベルとの約束だ。娘、名をなんという」
「あ、アイリス」
「そうか。では、アイリス。汝の名のもとに、我、フェンリルは契約を交わそう」
フェンリルがそう言うと、アイリスと同時に光は放つ。この瞬間、契約が終わったようである。
「召喚陣は正直腹立たしいが、ベルの子孫と会えたことは幸運といえよう」
フェンリルは喜ぶようにそう言ったものの、次の瞬間には雰囲気ががらりと変わる。
鋭い目つきを見せ、ペシエラやスノーフィールド公爵たちを睨みつけている。それと同時に、ドスの利いた声を響かせる。
「さて、この召喚陣を仕掛けた愚か者について聞こうか」
「神獣フェンリルよ。申し訳ございませんが、わたくしどもには正確な心当たりはございません」
答えたのはペシエラだった。さすが、一度女王を経験し、様々な死線を潜り抜けてきただけある。いざという時の肝の据わりっぷりはさすがといえよう。
「ただ、数か月前に、多数の召喚陣を用いた魔物襲撃事件が起きており、その容疑者として、ある人物の名前が挙がっております」
「ほう……。して、その者の名は?」
「パープリア男爵。そこにいるアイリスの実父でございます」
「なんだと!?」
ペシエラからの証言を聞いて、フェンリルはひどく驚いている。なにせ容疑者は、ベルの子孫であるアイリスの父親なのだから。
さらにペシエラから詳しい事情を聞いて、フェンリルはその表情を怒りに満ちあふれさせていた。
「おのれ、許さんぞ! ベルの血筋を汚しただけではなく、己の駒として犠牲にしようとは!」
怒り心頭である。これにはニーズヘッグも同意しているようで、腕を組んで何度も頷いている。
「落ち着いて下さい。まだ疑惑段階でございます。それに、わたくしが思うに、パープリア男爵を始末しただけでは、これは終わらない気がするのです。これだけの仕掛けを、誰にも気づかれずに仕掛けているのですから、きっと多くの仲間がいるはずですから」
「ぐぬぬぬ……。ならば仕方あるまい」
ペシエラに言われて、フェンリルは従っている。アイリスがペシエラの言葉に頷いているからだ。
「それにしても、この場にいる連中は、みな命拾いをしたな。ベルの子孫とそこのピンク髪の小娘がいなければ、今頃、この場は氷の残骸と化していただろうからな!」
フェンリルはなぜか笑っていた。
観客席ではチェリシアは目を輝かせており、隣ではロゼリアがいろんな意味で涙目になっていた。
ひとまず、武台に出現した召喚陣騒動は、このような形で幕を閉じだのだった。
―――
その頃、闘技場内では……。
フードで顔を隠した女性がこそこそと動いている。
「うまくやってくれたようですね」
「これは……」
女性は突如として現れた人物に驚いている。だが、すぐに落ち着きを取り戻している。
「言われた通り、あのペンダントを渡してきましたけれど、あなたは予測していたのですか?」
「そんな、まさか。本来は来年に備えての準備だったのですが、一年繰り上がるなんて、誰が思いますか。たまたまですよ」
「本当に、魔力を失ったとは思えないですね、あなたは」
「私にはこちらがありますからね」
フードをかぶった女性の前に立つ人物は、自分の頭を指差している。
「さあ、私たちは彼女たちの手助けのために暗躍を続けますよ」
「契約ですからね。私も精一杯やらせてもらいますから」
二人は話を終えると、そのまま闘技場からひっそりと姿を消してしまうのだった。
彼女たちは一体何者なのだろうか……。




